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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2287/2382

第72章 再構成地球 ― The Virtual Paleosphere




 装置から抽出されたデータは、単なる時系列信号ではなかった。

 各層に記録された情報は、空間構造を伴う多次元データ群であり、個々の格子が時間軸上の一点ではなく、地球史の特定状態を指し示していた。

 解析チームは、この構造を「Q-Lattice Archive」と定義した。

 格子内の同位体比、結晶方位、残留磁化方向の三要素を組み合わせることで、古環境条件(温度、酸素分圧、磁場強度、化学勾配)を再構成できる。

 問題は、これらが単一の“記録”ではなく、連続状態変数の集合として保存されている点だった。

 つまり、データを読み取る行為そのものが、過去の一断面を「再生」することを意味した。


 AI《Astra》による初期解析では、3億年以上に及ぶ地質層の気候モデルが自動的に構築された。

 ただし、この再構成は従来のシミュレーションとは本質的に異なる。

 入力パラメータを設定して演算するのではなく、データ自体が再生演算を誘発する構造を持っていた。

 Astraはその挙動を「内因的自己投影(Intrinsic Self-Projection)」と分類し、次のように記した。


“装置内部の量子格子は、過去の物理条件を単に保存しているのではない。

観測されるたびに、当時の状態関数を再現しようとする傾向を示す。”


 つまり装置は受動的記録媒体ではなく、**能動的復元媒体(Active Paleomorphic Substrate)**であった。

 この特性を利用し、研究チームは装置の局所領域をスキャンしながら、逐次的に仮想地球モデルを生成するプロトコルを構築した。

 この手法は「Reconstruction Protocol 01:Virtual Paleosphere」と命名された。


構築過程


 再構成は以下の三段階で行われた。


 第一段階:データ展開

 量子干渉顕微鏡(QIM)により取得した干渉パターンを、位相情報を保持したまま三次元テンソルに変換。

 この際、各素子の電子スピン状態をコヒーレントに維持するため、極低温環境(2.1K)下で操作を実施。

 1秒間の観測で得られるデータ容量は約6.8テラバイト。

 装置全体のスキャンには理論上7年を要する見積もりとなった。


 第二段階:パラメトリック展開

 展開データを基に、地殻・海洋・大気・磁場の各フィールドを独立変数として分離。

 AIが時系列相関を解析し、変数間の非線形結合を最適化。

 結果、地球システムの約90%を原データから直接再構成可能と確認。

 残る10%(主に生物層情報)は、化学反応速度データから補間された。


 第三段階:仮想環境生成

 完成したパラメトリックモデルを、月面演算施設「CNS-Luna」上の量子計算群に実装。

 全演算ノードは惑星スケールの地形・気候・流体力学シミュレーションをリアルタイムで再現できる。

 これにより、観測者が“当時の地球”を仮想的に歩行・観測できる環境が構築された。

 視覚だけでなく、気圧、重力加速度、音響、化学ポテンシャルなどの感覚要素まで再現されている。

 この「再構成地球」は、単なる映像ではなく、物理的挙動を伴う演算体として存在する。


初期観測結果


 最初に再生された時代は、約5億4千万年前――カンブリア初期。

 当時の海洋は高濃度の炭酸塩とシリカを含み、現代よりも粘性が高い。

 再構成モデルでは、潮汐エネルギーが現在の1.4倍、磁場強度は約60%と推定された。

 AIによる流体可視化では、海底に縦方向のプラズマ状電流が観測され、これは生物体形成初期の電気化学的刺激源であった可能性を示す。


 酸素分圧は現在の3分の1、しかし二酸化炭素濃度はおよそ20倍。

 この高炭素環境では、紫外線遮蔽層が不完全であり、海洋上層には高エネルギー放射反応が頻繁に起こっていた。

 その結果、表層では炭素鎖分子が光分解と再結合を繰り返し、無機的合成反応が活性化していた。

 AI解析では、これらの現象が「初期タンパク形成環境」に類似していると指摘された。


 再構成地球内での音響観測も行われた。

 圧力波センサーは周期約11秒の定常波を検出。

 この周期は、前章で観測された**装置自身の低周波リズム(13.7秒)**に近似していた。

 両者の相関は0.82。

 これは装置が記録時に、地球の共振周期を“参照信号”として使用していたことを示唆する。

 すなわち、地球の内部構造そのものが、記録装置のクロック機構として利用されていたのである。


科学的含意


 この段階で、研究チームは重大な推論に到達した。

 装置は単に過去を保存したのではない。

 それは地球史のダイナミクスを直接再現可能なアルゴリズム的構造体であり、時間そのものをデータ化していた。

 記録というより、「時空の写像」である。


 Astraは次のように結論づけた。


“このデータは観測可能な範囲で最も高密度の地球史モデルであり、

物理的過去そのものを再演算可能な情報体として存在する。

装置は観測者に過去を見せるのではなく、

過去を再計算させる。”


 再構成地球は、過去を映す鏡ではない。

 その内部では、当時の物理過程が再演され、気流や化学反応は現実と同等の論理を持って進行する。

 観測者が介入すれば、シミュレーション内部の物理状態も変化する。

 つまり、「観測」=「再生成」である。


 この発見は、地球科学だけでなく、時間の情報表現そのものへの再定義を迫った。

 時間は過去に属するのではなく、再構成可能な状態関数として存在する。

 それを保持していた装置は、惑星記録媒体であると同時に、

 **時間演算装置(Temporal Computational Substrate)**でもあった。


 最終レポートの末尾に、主任研究者・藤堂はこう記す。


「我々がいま見ている“カンブリアの海”は、映像ではない。

地球が自ら記録した状態を、再び物理的に演算しているにすぎない。

つまり、我々が覗いているのは、記録の再生ではなく、

地球史の再稼働である。」


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