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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2286/2364

第71章  テラフォーミングの記憶 ― The Terraforming Archive



 解析室のディスプレイに、装置内部の断面が投影されている。

 外殻から中心へ向かって三つの層が識別された。いずれも金属的導電体であるが、結晶配列・磁化率・比熱容量が異なり、明確な機能分化を示していた。


 最外層は熱流制御層(Thermo-Flux Layer)。

 構成元素はニッケル・珪素・炭素系複合体で、ナノメートル単位の相転移構造をもつ。

 通常の熱伝導とは異なり、入力熱流を位相遅延させながら再放射する――いわば「遅延型熱拡散」機構である。

 地殻内部のマグマ移動を局所的に吸収・再配分することで、温度勾配を均質化する役割を担っていたと推定される。

 解析では、過去の地質活動期(約20億年前)の温度変動記録が微細な格子パターンとして残留しており、惑星熱輸送の調整装置として機能していた可能性が高い。

 熱エネルギーを封じ込めるのではなく、過剰熱を時間軸上で緩衝させる――熱流の“相管理”がこの層の基本設計思想と見られる。


 中間層は大気再結合層(Atmospheric Synth Layer)。

 酸化還元ポテンシャルの痕跡が確認され、大気中の分子組成を動的に調整していた形跡がある。

 分析により、内部には複数の触媒格子構造が存在し、窒素酸化物や二酸化炭素を再結合・分解していた反応経路が再現された。

 特筆すべきは、その反応が外部環境の圧力や温度に依存せず、内部電位差のみによって駆動していた点である。

 これは自己完結的な電気化学サイクル――つまり、大気構成を自律的に制御する閉ループ反応系の存在を示唆する。

 この層はテラフォーミングというよりも、「惑星呼吸系の人工的補正装置」と言うべきものである。


 最内層は磁場安定層(Magnetosphere Regulator Layer)。

 強磁性合金の微小結晶が、格子ごとに異なる方位をとる多軸磁化構造を形成している。

 この配列は地球磁場の古地磁記録と一致しており、外部磁場との同期的相互作用を意図的に設計されたものである可能性が高い。

 AI解析による磁気スペクトル再構成では、地球磁場強度の振幅変動とこの層の残留磁化の変位パターンが数百万年単位で一致しており、惑星の磁気圏を一定範囲に安定化させる調整機構として機能していたとみられる。

 要するに、装置は地殻・大気・磁場という三相の環境変数を連動的に補正し、惑星システム全体を「居住可能状態」に保つ目的で構築されていた。


 しかし、現在この機構はすべて停止状態にある。

 観測では、三層のいずれからもエネルギー流動の痕跡は確認されなかった。

 同時に、装置内部にエネルギー源となる核反応、あるいは外部供給ラインの構造も存在しない。

 つまりこれは、恒常的稼働を前提とした装置ではなく、一度作動すれば自壊的にエネルギーを消費し尽くす単発型システムであった可能性が高い。

 機能は長期間維持されたが、その寿命は有限であり、現在は完全に枯渇している。


 AI《Astra》は、システム・ログ再構成によりこの装置が活動していた最終期のデータを抽出した。

 推定される最終作動時期は、地球磁場反転直後、約78万年前。

 その頃、全層のエネルギー残量が閾値を下回り、段階的に出力が停止していったことが記録から読み取れる。

 停止の過程は急激ではなく、自己抑制的な減衰関数を描いていた。

 出力はゆるやかに収束し、最終的に装置は「沈黙」に至る。

 物理的破損ではなく、目的を終えた自然消滅的停止である。


 残されたデータを総合すると、この装置の目的は「惑星の生成」ではなく、「惑星状態の維持」だったと結論づけられる。

 テラフォーミングという語は、人工的干渉による環境改変を指すが、ここで観測された設計思想はそれと異なる。

 外力を加えて惑星を作り替えるのではなく、既存の惑星ダイナミクス――熱対流、大気循環、磁場流動――を制御可能な範囲内で安定点へ導く補正装置であった。

 いわば、惑星規模の**動的平衡制御機構(Dynamic Equilibrium Regulator)**である。


 この装置の稼働によって、地球環境は長期間にわたり、臨界点を越えない熱・圧力・磁場条件を保っていた。

 生命進化の初期段階における温度・酸素濃度・磁場の安定度を解析すると、自然的変動範囲を超えて平滑化されている時期が存在する。

 その“異常な安定期”と、装置の活動履歴がほぼ一致していた。

 もしこの解釈が正しいなら、地球は完全な自然惑星ではなく、自己進化を支援された惑星であったことになる。


 AI《Astra》の最終報告にはこう記されている。


 > 装置は稼働を停止している。

 > しかし内部構造には、全期間の稼働ログが物理層そのものに書き込まれている。

 > 熱、空気、磁場――それぞれの層に、地球の歴史が分子配列の形で記録されている。

 > 装置はもはや稼働しないが、地球の記録媒体としての機能は生きている。


 つまり、テラフォーミングは終わったのではなく、記録段階へ移行したのである。

 この装置が働いた痕跡は、地球の熱史、大気化学史、磁場変遷史として現在も読み取れる。

 もはやエネルギー供給も修復もできない。

 だが、その静止状態そのものが、惑星の履歴を保持する記憶装置になっている。


 地球は育てられた惑星であり、装置はその記録者。

 テラフォーミングの目的は、環境の改変ではなく、進化可能性の持続だった。

 そして今、装置は機能を終え、記憶として残る。

 ――惑星維持システムの停止は、終焉ではなく、記録モードへの移行である。


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