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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2285/2382

第71章 地殻の歌 ― Resonant Earth



 2025年7月17日、筑波量子地球科学センター・解析棟第7実験室。

 AI《Astra》によるQ-Lattice解析はフェーズ3に移行していた。

 量子層から抽出された時系列データ――45億年分の磁場、潮汐、気圧、地殻応力の全履歴。

 それらは音波として変換され、低周波域のスペクトログラムとして視覚化されていた。


 スクリーンに広がる波形は、13.7秒の主周期を基軸に、

 1.618、2.618倍の副調波が精密に絡み合っている。

 AIが解析結果を読み上げる。


 《スペクトル解析完了。

  基準周期13.7s、副調波群比率:1.000:1.618:2.618。

  パターン一致率97.8%。》


 藤堂は頷いた。

 「やはり“黄金比構造”のリズムだな。」

 凪:「でも博士、この波動って何を意味してるんです? 単なる磁気の揺らぎ?」

 「違う。これは――地球の構造安定化アルゴリズムだ。」


 AIが投影する3Dスペクトログラムの中で、

 波形が次第に形を変え、立体化していく。

 球状の干渉構造。中心から外へ向かう層が同心的に振動していた。

 それは、惑星の内部構造そのものを模している。


 AI《Astra》が報告する。

 《磁場強度変動とマントル波動が位相同期。

  共振点はコア・マントル境界付近(深度約2900km)。

  波動の音響換算周波数:0.073Hz。》


 藤堂:「0.073ヘルツ……つまり、13.7秒だ。やはり同じだ。」

 凪:「この周期で地球の磁場が振動してたってことですか?」

 「そう。地球は音で安定していた。」


 AIはさらに解析を進めた。

 過去38億年前――生命誕生期のデータ層。

 電子スピン配列の乱れが特定のリズムを示していた。

 《当該層:磁場変動周期13.68s。位相安定度:0.002以下。

  波動構造=拍動型リズム。》


 スピーカーから流れ出した音は、低く、穏やかで、

 だが確かに“拍動”を感じさせるものだった。

 脈拍に近いリズム――地球の心拍。


 凪は息を呑んだ。

 「……本当に鼓動みたいですね。」

 藤堂:「地球が不安定だった初期、

  磁場が生命誕生を安定化させる“リズム”を形成していたのかもしれない。」


 AIが補足する。

 《磁気圏シミュレーションを生成。

  リズム波動が太陽風プラズマと干渉し、地球磁場の乱流を減衰させる。

  平均安定時間:±13.7秒単位で収束。》


 藤堂:「つまり、音――いや、“周期”が惑星の盾だった。」


 次のフェーズでは、AIがこの波動をもとに仮想地球モデルを再構築した。

 表示されたのは、45億年分の地質データを統合したVirtual Paleosphere(仮想地球)。

 表層には過去の大陸配置、内部にはマントル対流、コアには金属流動。

 全要素がリアルタイムでシミュレートされている。


 《モデル安定。

  初期条件:磁場変動13.7s。

  結果:プレート運動シミュレーション誤差0.003以下。》


 凪:「誤差0.003……現実の地質データと一致してます!」

 藤堂:「つまりこのリズムが、地球の構造そのものを支配している。」


 AIが次の解析を開始する。

 《シミュレーション比較:

  13.7秒周期 → 地殻応力安定度 99.7%。

  周期無調整モデル → 72.3%。》


 「13.7秒を外すと、地殻が不安定化するのか。」

 「ええ。」凪がモニターを見つめる。

 「周期を崩すと、プレート境界応力が倍増します。」


 藤堂:「つまり、13.7秒の波動が――地球の安定そのものだった。」


 AIが仮想音響モデルを立ち上げる。

 空間全体が低音の共鳴で震えた。

 室内の照明がわずかに揺らぐ。

 床のセンサーが反応し、空気圧の微振動を計測する。


 《注意:共鳴音が実空間に干渉しています。

  周波数帯域:0.073Hz、音圧レベル:0.12Pa。》


 「AI、音圧を20%に落とせ。」

 《調整完了。》


 残響が減少し、空気が静けさを取り戻す。

 だが、モニター上の仮想地球モデルでは、

 地殻プレートの動きが完全に安定していた。


 「……音を止めると?」

 凪の問いに、藤堂は指を動かした。

 音をオフにすると、わずか数秒後にモデルの地殻が歪み始めた。

 応力線が赤く表示される。

 「再生。」

 再び音が流れる。地殻は静まり返る。


 凪:「博士、まるで“歌”ですね。」

 藤堂:「そうだ。――地球は地殻の歌で安定している。」


 実験ログが出力される。

 > 《結論:

 > 地球の13.7秒周期波動は、磁場変動・マントル流動・地殻応力を共振的に同期させる。

 > 構造安定性は音響共鳴依存型。

 > 惑星は自己音響制御によって構造を維持していた可能性。》


 藤堂はその報告書を見つめながら言った。

 「“音”は生命が作ったものではない。

  地球そのものが、音で存在を保っている構造体だったんだ。」


 凪:「つまり、我々は地球の“外殻”で鳴っている共鳴の上に住んでいる……。」

 「そしてその音は、今も続いている。

  装置SLSCが沈黙しても、地球自身がまだそれを歌っている。」


 夜。

 藤堂は屋上の観測デッキに出た。

 街の明かりが遠くに霞み、風がほとんどない。

 彼は携帯型重力干渉センサーを取り出し、読み取りを始めた。

 数値はゆっくりと上下している。

 周期――13.7秒。


 空気が微かに震えていた。

 聞こえないほど低いが、確かに“拍動”があった。

 AI《Astra》の遠隔音声が耳元で囁く。

 《共鳴検知。地球全域における音響周期13.7秒、依然維持中。》


 藤堂は静かに答えた。

 「わかっている。……地球は、まだ歌っている。」


 翌日、AIが最終報告を出した。

 > 《Virtual Paleosphereモデルと実地観測データの相関:99.99%。

 > 結論:地球は音響的自己安定構造体。

 > コード名:Resonant Earth。》


 報告書の末尾には、短い備考が残されていた。


 > “周期13.7秒――

 > それは、惑星が生命を宿すための最低限の律動である。”


 藤堂は報告を閉じた。

 「地球は沈黙していない。

  その沈黙の奥には、音が構造を保っている。」


 そして、深海の装置が眠る相模原トラフの方向へ、

 微かな震動が再び走った。

 周期13.7秒――

 それが、惑星という名の“楽器”の、最後の調べだった。


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