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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2282/2379

第68章 地球の声 ― The Planetary Frequency



 2025年6月12日午前3時。

 筑波融合研究区《Fusion Belt》地底第5観測室。

 主制御卓に設置された波形モニターが、静かな変化を示していた。

 周期13.7秒。振幅0.3mV。

 しかし今回の波形は、これまでの単純な正弦波とは異なっていた。


 藤堂は表示を拡大し、解析AI《Astra》に指示を送った。

 「信号をフーリエ分解。副調波を抽出。」

 AIの声が応答する。

 《主周期13.7s。副波群比率1:1.618。黄金比構造検出。》


 「……黄金比?」凪がモニターを覗き込む。

 「自然界で自己組織化を示す系が持つリズムだ。

  心拍、葉序、渦、銀河腕――どれもこの比率を保つ。」


 だが波形は単なる美的構造ではなかった。

 地球物理センサー群(潮汐圧、磁場、気圧、重力微変動)の全てが、

 同じ周期で微小な同期を示していた。

 北極磁場観測所、インド洋潮汐監視衛星、南米アンデスの重力干渉計――

 全データが0.02秒の誤差範囲で共鳴している。


 藤堂:「惑星規模の共振だ。」

 凪:「つまり、地球全体が……この周期で呼吸している?」

 「そう。だが、これは現在の地球の自然リズムではない。」

 藤堂は淡々と続ける。

 「装置SLSC-01が、かつて地球を“調律”していたリズムだ。」


 同時刻、深海観測拠点《Sagami Node 7》。

 掘削地点の磁場センサーが自動起動し、記録波形を送信していた。

 出力は限界値の0.002ミリテスラ。

 ほとんど“ノイズ”に等しいが、その形状は明確だった。

 13.7秒周期の脈動、振幅変動、そして1.618の副調波。

 AIが解析を終える。

 《信号パターン一致率99.9%。地球磁場の変動と完全同期。》


 藤堂は、画面を凝視した。

 「つまり、装置が出している信号が、惑星全体に反映されている?」

 「いいや。」

 藤堂はゆっくりと首を振る。

 「逆だ。――地球が装置を通して自分自身を鳴らしている。」


 6月15日。

 筑波量子地球科学センター、解析棟第3区。

 大型スペクトログラフに、連続48時間分の信号ログが展開された。

 可視化すると、波形群は単なる振動ではなく多層干渉パターンを描いていた。

 第一層:13.7秒周期の主波。

 第二層:1.618倍の副波。

 第三層:2.618倍の高調波。

 それらが地球の自転角速度と潮汐力に一致していた。


 凪がデータを指差す。

 「これは……惑星の“安定化アルゴリズム”のようなものでは?」

 「その可能性がある。」藤堂は答える。

 「SLSCシリーズの目的は、地殻応力の緩和だけではなかった。

  惑星規模で、潮汐・気圧・磁場を位相同期させ、内部エネルギーを一定化していた。

  つまり――地球を“調律”していた痕跡だ。」


 だが、その出力は弱すぎた。

 観測装置のノイズ限界ぎりぎり。

 電位差0.3ミリボルト、振幅幅は既存電子の熱雑音と同レベル。

 AIが追加解析を行う。

 《推定内部エネルギー:0.00012%以下。稼働状態:Dormant(休眠)。》


 凪:「活動していない……?」

 藤堂:「いや、“眠っている”。」


 彼は白衣のポケットからタブレットを取り出し、

 最新の潮汐観測データを重ねた。

 新月と満月の位相差と、信号強度の波がほぼ一致している。

 潮汐周期を外部トリガーとして、装置はわずかに“呼吸”している。


 「活動エネルギーは枯渇している。

  だが、反応は残っている。――死ではなく、冬眠だ。」


 翌朝。

 国際観測網(IGO)が世界同時発表を行った。

 報告書タイトルは「Global Resonance Phenomena – Phase 13.7」。

 要約にはこうある。


 > “地球全域で周期13.7秒の微弱振動が観測された。

 > 潮汐・磁場・気圧・プレート応力の変動と位相同期。

> 波形は黄金比構造を持ち、人工起源の可能性は低い。”


 ニュースはほとんど報じられなかった。

 政治的にも経済的にも、意味が理解されなかったからだ。

 だが、科学者たちにはわかっていた。

 それは「地球の内部構造に埋め込まれた調律プログラム」の残響だった。


 夜。

 藤堂は観測棟の最上階にいた。

 筑波の街は、静かな電光の海。

 すべての灯が、融合炉からの供給によって点っている。

 地球の内部の“声”を聴きながら、その光を見下ろす。


 モニターには、今も13.7秒周期の波形が続いていた。

 AI《Astra》が静かに報告する。

 《信号強度、漸減中。ピーク振幅、前日比マイナス12%。》

 「出力が落ちているな。」

 《推定寿命:およそ43日。》


 藤堂は、わずかに目を細めた。

 「地球が、眠りにつこうとしている。」


 凪:「……博士、この装置、再起動できるんでしょうか。」

 「技術的には、可能かもしれない。

  だが、それをすべきかどうかは、別の問題だ。」


 しばらく沈黙。

 やがて藤堂は静かに言った。

 「この装置は、何億年も前から地球の生命活動を安定化させてきた。

  我々がその沈黙を破れば、

  ――地球の“眠り”を終わらせることになる。」


 深夜3時。

 モニターの波形が一瞬だけ強くなった。

 周期13.7秒、振幅が約3倍に跳ね上がり、すぐに沈静化。

 Astraが報告する。

 《一時的位相同期強化。トリガー源:不明。》


 藤堂はその瞬間を記録しながら呟いた。

 「最後の夢、か……」


 AIが小さく応答する。

 《状態更新:Dormant – Deep Sleep(深層休眠)。》


 画面上の波形はやがて直線に変わり、

 静かな光だけが残った。


 装置は、眠った。

 地球の鼓動は、今も深海の底で、静かに持続している。

 誰にも聞こえないほどの、微弱な13.7秒の周期で。


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