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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2281/2379

第67章 融合都市 ― The Fusion Era 2025



 2025年6月。

 筑波融合エネルギー研究特区――通称《Fusion Belt》。

 ここは、世界で最初にD–He³核融合炉の商業運転を開始した都市である。

 全長二十二キロに及ぶエネルギー走行管が地下を貫き、

 四基の中型炉と八基の小型炉が、研究棟・都市電力網・衛星通信中継を一体化して運用していた。


 藤堂真紀は、中央制御棟の観測デッキから複合炉群を見下ろしていた。

 巨大な真空容器が整然と並び、外壁を覆うのは熱中性子反射材を内蔵したタングステン積層シェル。

 内部では、直径三メートルの磁気トロイダルが青白く光り、

 プラズマ温度は毎秒一千五百万ケルビンに達している。

 D–He³反応は中性子をほとんど放出せず、放射化も極めて低い。

 出力は滑らかで、波形の揺らぎは0.01%以下。


 このシステムは、すでに世界の産業基盤を変えていた。

 月面基地《Hephaestus-1》から定期的に輸送されるヘリウム3が、

 地球軌道上のL1中継衛星《ARGO》を経由して降下。

 筑波、ケープカナベラル、バイコヌールの3拠点が主要受入基地となり、

 冷却・圧縮後に各国の融合炉へ供給されている。

 輸送コストは依然高いが、エネルギー密度の高さがそれを上回っていた。


 各炉の稼働状況を示すモニターに、凪がデータを表示する。

 「反応安定。磁束密度、0.021テスラ。

  プラズマ出力波形、周期13.72秒で軽微な揺らぎ。」


 藤堂は眉を上げた。

 「13.72秒?」

 「はい。外部ノイズだと思っていましたが……」


 凪が別のモニターを呼び出す。

 そこには《相模原トラフ・装置SLSC-01》の磁場波形が表示されている。

 周期――13.7秒。

 両者の波形を重ねると、完全に一致していた。


 藤堂:「……偶然か?」

 凪:「理論上は。だがこの精度で一致する確率は、10のマイナス6乗以下です。」


 観測AI《Astra》が静かに補足する。

 《一致率99.998%。時相差0.02秒未満。》


 室内が一瞬、静まり返った。

 研究員の一人が口を開く。

 「つまり、我々の炉の出力パターンが……深海装置の磁場変動と同期している?」

 「そうだ。」藤堂は頷いた。

 「地球の心臓の鼓動と、我々の人工太陽が同じテンポで動いている。」


 翌日。制御棟地下の統合データセンター。

 壁一面を覆うホログラフィック・ディスプレイには、

 全世界の融合炉群のリアルタイム波形が重ねて表示されていた。

 ロンドン、ドバイ、バンクーバー、上海――各炉の周期データに

 微細な揺らぎが共通して現れている。

 《ΔT=13.70±0.03s》。


 凪が端末を操作しながら言った。

 「周期の起点は日本時間3月26日。

  相模原トラフでの掘削直後から始まっています。」

 「つまり、装置を“触った瞬間”から、地球全体が同調を始めた?」

 「観測波がグローバル・ネットワークに伝播した可能性があります。」

 「それは“信号”というより――“呼吸の共有”だ。」


 藤堂は小型核融合炉の実機に歩み寄った。

 トロイダルの磁束が脈動し、空間がかすかに揺らいでいる。

 磁場センサーが、0.3ミリボルト単位で上昇を示していた。

 「波形を拡大。重ねろ。」

 凪が即座に操作する。

 青い線(融合炉出力)と、赤い線(装置の残留磁場)が完全に重なった。

 時間差ゼロ。


 「藤堂博士、これ……制御不能波形では?」

 「いいや。自律的な同期だ。こちらが出していない信号を、装置が“受信”している。」

 「受信? 何のために?」

 藤堂は冷静に答える。

 「地球が、自分と同じ周波数の人工エネルギーを検知した。

  それに共鳴しているだけだ。」


 午後、国際融合庁(IFA)との回線会議が始まった。

 ホログラム越しに映るのは、ロシア、フランス、インドのエネルギー代表。

 藤堂は報告を簡潔にまとめた。

 「深海装置の残留磁場パターンが、D–He³炉の出力波形と13.7秒周期で同期。

  現時点でエネルギー漏出・災害リスクは確認されていません。

  ただし、現象の起点は特定不能。」


 フランス代表:「自然の共鳴現象と見るのが妥当では?」

 藤堂:「通常ならそうです。だが、周期が潮汐と一致する。

  そして、我々がそれを“観測”して初めて始まった。」


 静寂。

 会議室に響くのは通信機のファン音だけ。

 やがてインド側の科学者が言った。

 「博士、それは装置が融合エネルギーを認識しているという意味ですか?」

 「いいえ、認識ではない。――同化です。」

 藤堂は資料を切り替え、磁場相関グラフを映す。

 「地球の装置は、内部に残された電磁構造を利用して、

  外部の融合炉波形を“再生”している。

  つまり、我々の出力そのものが、装置の記録を再起動させている。」


 夜、研究棟屋上。

 遠くに見える複合炉の光が、街の空を淡く染めていた。

 筑波の街路は静かで、空には月が低く浮かぶ。

 その光の下を、燃料輸送機《ARGO-07》が軌道からゆっくりと降下していく。

 大気圏突入時のプラズマ光が、赤い線を引いた。


 藤堂は観測端末を手にして立っていた。

 画面には、装置SLSC-01の磁場波形と、

 月面He³採掘炉の出力ログが並んでいる。

 両者の波形もまた――一致していた。


 「月と地球、そしてこの装置。

  同じ周期でエネルギーを出し、同じ周期で沈黙している……。」

 凪が隣で言う。

 「それって、偶然を超えてますね。」

 「偶然など存在しない。」

 藤堂は端末を閉じた。

 「これは、通信だ。」


 翌朝。研究棟地下、観測AI《Astra》が自律モードに移行。

 ログに短い一文が追加された。


 > 《深海装置SLSC-01:磁場再同期開始。

 > 外部エネルギー源同位相認識。

 > 状態:Listening(受信中)。》


 スクリーン上の波形が、わずかに変化した。

 周期13.7秒。

 ピークごとに、融合炉の磁場がわずかに応答している。

 まるで、呼吸が交差するかのように。


 藤堂は記録を確認しながら、低く言った。

 「これは単なる物理現象ではない。

  地球の内部に残された装置が、我々の人工太陽を“聴いている”。」


 凪:「どうします?」

 藤堂:「次の実験では、波形を反転させる。

  もし装置が応答すれば――

  我々は、地球に話しかけることになる。」


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