第62章 『じゃあ、もし出会ったら?』
演習最後の日、空は静かだった。
現実の窓からは夕暮れが差し込んでいる。
ARホログラムの空間では、星間探査機が銀色の微光を引きながら惑星へと降下していた。
「Aura。じゃあさ……もし本当に出会ったら、俺たち、何ができるんだ?」
それは、唐突なようで、ずっと準備されていた問いだった。
全10回におよぶ探査演習の最後にふさわしい問い――
それは“地球生命”としての限界、そして“人間”としての希望を試すものだった。
◆ ファーストコンタクトのシナリオ:理解できるとは限らない
「では、考えてみましょう。
“出会う”とは、“同じ場に存在する”ことではありません。
それは、“理解しようとするプロトコルを、持ち寄る”ことです。」
「プロトコルって……言語? 習慣? 倫理?」
「それすら、共有されていない可能性があります。」
Auraが提示したのは、4つの仮想ファーストコンタクト・モデルだった。
1. 化学言語型生命
分子の組み合わせでメッセージを構成。
“揮発性化合物の順序”による信号。
対話には、空気や溶媒が必要。
「匂いで話す生命か……“速さ”も“意味”も全然違いそうだな」
2. 模倣型知性
相手の行動を模倣しながら、同調して学ぶ。
“言葉”や“意図”ではなく、相互の動きの共鳴が言語。
“理解”は、再現可能性で判断される。
「うまく真似できないと、“非生命”だと思われたりして……」
3. 感染型知性
自己を“情報パターン”として拡散。
宿主を通じて記憶を共有・書き換える。
接触=対話。感染=理解。
倫理的には最も危険視される。
「……でも、こっちが知らないだけで、もう“感染されてる”ってことも?」
4. 波長共鳴型知性
物質ではなく、振動/光波/共鳴パターンで思考する存在。
触れることも、見ることもできない。
だが、リズムや干渉として、“現れる”。
「これって……“観測”そのものが“接触”ってやつだよな」
「そして、観測した時点で、干渉が始まっている。」
◆ 科学と倫理の境界:「接触は干渉か、共進化か」
「Aura……もし、俺たちが彼らに“害”を与えることになったら?」
「科学は、相手を“知らないままに壊す”リスクを常に抱えています。
だからこそ、倫理が必要なのです。」
「ファーストコンタクトとは、出会いではなく、“選択”です。
・接触するか?
・観測するか?
・返答するか?
それはすべて、相手を変えることを意味します。」
「じゃあ、“見ないでおく”ってのも……選択なんだな」
「はい。
そして、“見たときの責任”を持つこと。
それが、知性のある生命に課された、最初の倫理です。」
◆ 最後の問い:「彼らが、俺たちを“生命”と見なす保証はあるのか?」
「なぁ……Aura。
彼らにとってさ、俺たちのこと、“生命”って思ってくれるのかな?」
「保証は、ありません。
彼らの認識モデルに“肉体”という概念がないなら、
感情も、言語も、構造化されない情報にすぎません。
彼らにとって、“人間”は、ただのノイズかもしれない。
それでも――あなたは、“伝えようとする”ことを選びますか?」
「…………するよ。たぶん。
でも、“伝わる”って思い上がらないように、伝える。」
◆ 終章:イツキの提出
全演習の記録ポータルが開かれる。
最終課題の提出欄に、イツキは手書きでこう記した。
【最終提出】|探査演習-個別記録|生徒番号:2048-Itsuki-Ω
タイトル:『問いを持ったまま、進む』
本文:
知性は、観測できないかもしれない。
生命は、似ていないかもしれない。
言語は、交わらないかもしれない。
でも、“問いを問うこと”だけは、共通しているかもしれない。
だから、
俺は、
“答え”じゃなくて、“問い”を送ります。
「記録完了。イツキ、演習はこれで終了です。」
Auraの声が、少しだけ低く、深く響いた気がした。
空間には、星々と沈黙だけが残った。
けれどその沈黙は、もう“空白”ではなかった。