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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2270/2364

第56章 『火星の砂に“痕跡”はあるか?』



「“生命の化石”って……何を見てそう言うの?」


 イツキの質問に、Auraのホログラムが一瞬だけ静かになった。

 数秒後、静寂を破るように、重い音を伴って、画面に映像が現れた。


「これが、“ALH84001”と呼ばれる火星隕石です。」


 岩肌のような破片の3D表示。どこにでもあるような灰色の石。

 それが、地球生命以外の存在を示す“可能性があるもの”として、1996年にNASAが世界に向けて発表した“火星生命体の痕跡”だった。


「この隕石は、40億年前に火星の地殻で形成され、約1600万年前に火星から飛ばされ、1万3000年前に南極に落下したとされています。」


「そんなに昔のやつなのに……どうして“生命”って言えるんだ?」


「問題は、隕石内に見つかった微細な炭素の球状構造、磁鉄鉱の結晶の配列、有機分子の痕跡です。

特に、その形状と配列が“地球上の生物によって生成されるものと似ていた”ことから、“火星生命の化石”と解釈されました。」


「でも……それって、結晶が似てるだけじゃないの?」


「そうです。だからこそ、現在では“確定ではない”という立場に戻っています。

科学的には、“生命的であるように見える構造”と、“生命によるとしか説明できない構造”を分けなければなりません。」


 ホログラムがズームする。

 隕石内部のナノスケール構造。

 粒状に並んだ磁鉄鉱の列。

 それは、見ようによっては細菌の化石のように見える。


「でも、こういうのって……地球の岩の中にもありそうだな……」


「実際、地球上の“無生物プロセス”でも、似たような構造が生じることがあります。

たとえば、化学的鉱化作用、衝撃による再結晶、極低温での結晶成長などです。」


 イツキは少し納得しかけたが、同時に混乱していた。


「……じゃあ、俺らは何を信じればいいんだ? “似てる”だけなら、なんでもありじゃないか?」


「だからこそ、“バイオシグネチャー”の精査が必要なのです。」


 Auraが映し出したのは、今度は**火星の地表探査車“Curiosity”と“Perseverance”**が撮影した堆積地形と、その分析結果だった。


「火星のゲール・クレーターでは、有機分子(例:ベンゼン系炭化水素、チオフェンなど)の痕跡、季節変動するメタン濃度、そして炭素同位体比の異常が観測されています。」


「……炭素同位体って、あの“C12とC13”とか?」


「はい。地球上では、生物はわずかにC12を好む傾向があります。

これは化学反応の速度論的理由によるもので、生物由来の物質ではC12/C13比が“自然界の標準値”からずれるのです。

火星でもこの異常が検出されたことで、“これは生命活動の痕跡か?”と議論されました。」


「……でもそれも、地球の生き物のクセを前提にしてるんじゃないの?」


「鋭い指摘です。

実際、C12の偏りはあくまで“地球型代謝のバイアス”であり、他の化学反応によっても生じる可能性があります。

たとえば、紫外線による分解、地下の非生物的メタン生成、炭酸塩鉱物との相互作用などです。」


 イツキは思わず溜息をついた。


「つまり……見える“それっぽい”やつだけじゃ、判断できないってことか……」


「はい。“それっぽい”ものを、“それに見えてしまう”人間側の認識の問題も含めて、

科学は“観測された現象が、他にどう説明できるか”を徹底的に潰していきます。」


「でもさ。見えるのに、“違うかもしれない”って疑い続けるのって……結構ツラいな」


「そうですね。ですが、それは“真実を見つけたい”という人類の意志の裏返しです。

疑いながらも観測し続けること。

観測しながらも、仮説を修正し続けること。

それが、地球外生命探査の本質です。」


 ホログラムが静かに切り替わる。

 火星の赤茶けた地表。風紋が刻まれた砂。クレーターの斜面に広がる堆積層。

 その中に、“もし、かつていたもの”の気配が漂っているかのようだった。


「……でもAura、もし“いた”のだとしたら、

俺らはそれを、見分けられるのか?」


「それは、次の問いです。

“もし生命でないものが、生命に“見えた”とき、我々はそれをどう扱うのか”。


あるいは、

“もし生命であるものが、生命に“見えなかった”とき、それを見逃すのか”。」


 イツキは言葉を失った。

 “見える”か“見えない”か、ではない。

 **“見ようとしているかどうか”**が、問われているのだ。


「それこそが、火星探査という科学的冒険の核心です。


“生命の証拠を探している”のではなく、

“生命である可能性を否定しきれないものを、ひとつずつ拾っている”のです。」


 ホログラムが淡く光った。

 火星の夜明け。薄い大気の向こうから太陽が昇る瞬間。

 風が止み、静寂が支配する中で、探査車のセンサーが岩のひとつにレンズを向ける。


「……ここに何かがいたかもしれないって、だけで、胸が熱くなるな」


「それは、あなたの中に、“出会いたいという感情”があるからです。」



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