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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2267/2396

第53章 《共生圏》「最初の受け入れ ― ミトコンドリアと共生の原点」




場所:同ラウンジ。室内は照明を落とされ、空間全体が分子スケールのシミュレーション投影に変わっている。

五人の人物は、まるでその中に「入り込む」ように立ち尽くしている。


ゆらめく海底。硫化鉱物の表面に、柔らかな細胞膜が漂う。

もう一つ、小さな粒子が、酸素の泡をまとってすれ違っていく。


スノーレン(静かに)

「ここが出発点。20億年前の浅海。

 アスガルド型古細菌と、好気性プロテオバクテリア。

 その“出会い”を、今から見ていく」


チサ(投影を見つめながら)

「この瞬間を、“選択”と呼んでいいのかはわからない。

 でも、この一回きりの接触がなければ――私たちは存在しなかった」


小さな細胞が、膜をわずかに伸ばし、

酸素呼吸をしていた別の細胞を――ゆっくりと、ためらうように包み込む。

消化酵素は活性を示さない。

抗原提示も、排除応答も、まだ存在しない。


タッキー(解説するように)

「これが、“食胞形成”に近い最初期の細胞動作。

 けれどここでは、相手が分解されていない。

 膜の内側に、ただ“残ってしまった”だけ」


圭太(小さく息を吐く)

「事故みたいなもんだな。異物処理に失敗しただけって話だ」


夏樹(小さく首を振り)

「でも…その“失敗”がなかったら、酸素呼吸は外部のことのままだった。

 この細胞は、自前でエネルギーをつくれなかった」


酸素のない環境で、共生体は一瞬うろたえる。

が、ホストの内部にわずかに残るプロトン濃度勾配を察知し、

内膜のATP合成酵素がかすかに回り始める。


ATPの放出。

それが、ホスト細胞の内部タンパク質に取り込まれ、

いくつかの代謝酵素がフォールディングを変化させる。

反応速度が、跳ね上がる。


タッキー(画面の反応速度曲線を指して)

「この“外からのエネルギー”が、細胞の挙動を変えた瞬間です。

 このとき、ホストは自分でエネルギーを作るより、

 “内部の他者”に作らせる方が効率的だと…構造的に“学習”してしまった」


チサ(頷き)

「それが、“依存”の始まり。

 そして、依存は“統合”に向かう」


数万年のシミュレーションが圧縮再生される。

共生体が、自らの遺伝子の一部をホストの核へと“投げ渡す”。

もはや、自らの複製装置を必要とせず、ホストの分裂に合わせて増殖するようになる。


スノーレン(静かに)

「これは、複製する個体から、“機能を持つ構造”への転換だった。

 生物が、自分のすべてを複製しなくても、

 “内部の他者”に役割を分けるようになった。

 これが、多細胞性と器官化の出発点」


圭太(目を細めて)

「つまり…ミトコンドリアってのは、最初の“外注”か」


夏樹(微笑む)

「でもその“外注”がいなかったら、意識も記憶も存在しない。

 人間って、“他者を取り込んだ構造”から生まれてるんだね」


チサが、投影の中に見える、細胞の中のミトコンドリアをじっと見つめる。


チサ

「この共生は、誰かが決めたことじゃない。

 でも確かに、“構造を変えた”。

 そして、それが一度きりだったということが、何より重要」


タッキー

「地球のすべての真核生物は、この“1回だけの共生”から生まれた系統に属しています。

 それ以外の“失敗例”は残っていません」


スノーレン(結論のように)

「火星のそれも、きっと“選択”ではない。

 それは、“拒絶できなかったら始まる構造変化”。

 この細胞のように――気づいたら、もう変わっている」


ホログラムがフェードアウトし、部屋に静寂が戻る。

誰もが、言葉にならない重さを抱えながら、黙って座る。


その沈黙を破ったのは圭太だった。


圭太

「じゃあ次は、“あれ”がミトコンドリアになるかどうかって話か。

 共生になるか、絶滅になるか――その中間は、ないんだな」


スノーレン(小さく)

「たぶん、ない。

 だって構造は、“受け入れるか、壊れるか”のどちらかだから」



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