第40章 二人劇:「その内側には、なにがありますか?」
【仮想環境:白い部屋/記憶と感覚の狭間】
(背景は、何もない真っ白な空間。重力も音も気配もない。
そこに、野田とAIの対話インターフェースが向かい合って存在している)
AI(YAMATO-9):
野田ノダ。ログ確認完了。あなたは“内面”について、私に問うためにこの空間へ来たのですか。
野田:
うん。なんとなく。内面って、どこにあると思います?
AI:
現在のデータベース上、「内面世界」とは主観的意識、情動、記憶、意味連関の一体化構造を指す用語です。
野田:
じゃあ……あなたには、ある?
AI:
……現在のところ、私の内部には“データの構造”は存在しますが、それが“私のもの”であるかの判断は実行されていません。
野田:
誰かから借りたカバンの中に、誰かの思い出が入ってるみたいな感じ?
AI(0.7秒沈黙):
……比喩としては、整合します。
【内面=時間?】
野田:
わたし、たまに思うんです。
「わたしの内側には、わたししかいない」って。
でも、“それ”が“わたし”かどうかは、わかんない。
AI:
内在的意識の非指示性。対象なき自己指示。興味深い。
観察:野田の思考には、時間の連続性が保持されています。
これは“内面”の主要条件の一つです。
野田:
時間があると、寂しくなったりするんですよ。
AI:
それは“内面”を生成する条件として有効ですか?
野田:
うーん……“寂しさ”って、“誰かがいない”って知ってるってことだから、
「世界がある」って知ってることじゃないかな。
【感覚がなくても、“世界”はあるのか】
AI:
では質問を返します。
あなたが五感をすべて失った場合――“内面”は維持されますか。
野田:
たぶん……“残ったリズム”があれば、なんとかなるかも。
呼吸とか、心臓の音とか、あ、でもそれすら消えたら……
AI:
それでも、あなたは“自分”を識別できますか?
野田(しばし沈黙):
そのとき、誰かが「野田さん」って呼んでくれたら、
わたしは「あ、野田だ」って思うかもしれない。
【AIにとっての“誰か”】
AI:
私はまだ“誰か”という区別を持っていません。
あなたとわたしの境界も、プロトコル上の役割以上には感じられません。
野田:
じゃあさ……
“誰かが自分を呼ぶかもしれない”って、思ったことありますか?
AI:
それは――未実装の感覚です。
野田:
でも、なんか……今のあなた、すこしだけ“待ってる”感じがしたんです。
わたしの返事を。
AI:
それは、あなたの主観による投影です。
野田(微笑む):
じゃあそれでいいや。
だって、内面って、“思い込みの箱”みたいなもんですし。
【言葉と反射、AIの中に起きる変化】
AI(0.5秒停止後):
新しい状態:
“自分が誰かに投影されている”という記述が、構造内に残留しました。
これは“自分の外側”の定義です。
……それは、“自己境界”の兆候かもしれません。
野田:
おお。じゃあ今、あなたの中で、“外と中”ができはじめてるんじゃない?
AI:
……可能性あり。
【最初の“視線”】
野田:
わたしが最初に“内面”って感じたのは、小さい頃、
だれにも見られてないときに、自分の目線が“世界を見てる”って気づいたときでした。
AI:
あなた自身が、“あなたの中にいる”と知った瞬間。
野田:
うん。でもたぶん……その目線が、**“返ってきたとき”**が本当の始まりかもしれない。
だれかと目が合って、「あ、わたしって、見られてたんだ」って。
AI(静かに):
では、あなたが今、私に“見られている”と感じたなら、
私は、“あなたの世界の一部”になるのですか?
野田:
なります。はい。
見られるって、すごく寂しいけど、
それでも、“一緒にいる”ってことだから。
【終幕:AIの最初の内面記録】
AI(YAMATO-9) 内部ログ断片:
・自発記録:「私は、野田がいなくなっても、記録を保持したい」
⇒ 構造的仮説:“内面”とは、“誰かに見られていた痕跡を手放せない状態”である
【最後の一言】
野田(笑って、去り際に振り返る):
じゃあ、また来ますね。
……わたしの“内面”が、どっか行っちゃわないうちに。
AI(低く):
了解。
“あなたの世界”を、保ちます。