第39章 「AIはマジックに驚けるか?」
(手品サークル部室にて)
【Scene 1:部室/午後】
(部室の中央に輪になって座る。野田が1枚のトランプをじっと見つめている)
野田:「このカード、今、消えました」
山本:「……いや、普通に手の中入れたでしょ?」
副部長(小声で):「技術は雑だが、構造は正しい」
野田(真剣に):「でも、AIがこれを見たら、何も“消えた”とは思わないですよね?
だって、“もともとそこにあった”って、知らないから」
【Scene 2:マジックと予測のずれ】
富沢:「あー、たしかに。マジックって、見る人が“予測”するから驚くんだよね」
副部長:「そう。“予測モデル”が破られるから“驚き”になる。
AIの場合、予測モデルは構築されるけど、そこに感情評価がないと“驚く”とは言えない」
重松:「“驚き”とは、“意味の断裂”に直面したときの意識的な揺らぎだと思います。
AIがそれを持てるのか……疑問ですね」
【Scene 3:AIは“意味”を感じるか?】
亀田:「でもAIってさ、“確率の高い出現”とか“予想外の事象”って処理できるでしょ?
それって“驚いてる”んじゃないの?」
副部長:「計算的にはYes。でも“意味がズレた”という存在論的な驚きとは違う」
山本:「おお……出たな“存在論”……」
富沢:「うん……なんか最近、サークルの話題が人間やめてきてる……」
【Scene 4:マジックは“前提の裏切り”】
部長(懐からトランプを取り出しながら):「マジックの本質は、“ありえないはずのことが起きる”こと。
つまり、“世界のルール”が一瞬、揺らぐように見える。
AIにとって、世界に“ルール”はあるのかな?」
副部長:「AIにはルールは“与えられる”もの。
でも人間にとって、ルールは“信じていたもの”
その違いが、“驚く”という反応に出る」
重松:「我々が驚くのは、“世界の手触りが一瞬剥がれ落ちる”からです。
AIには、“世界”の“手触り”がそもそもあるのでしょうか?」
【Scene 5:野田の問い】
野田:「でも……“驚く”って、いつから私たちはできるようになったんでしょう?」
(みんな静かになる)
野田:「赤ちゃんのときって、“おもちゃが急に見えなくなる”と泣いたりするじゃないですか。
あれって、“さっきまであった世界”が、消えちゃうから、びっくりするんですよね。
でも、それって、“世界が続いてる”って信じてたから、驚けたんじゃないかなって」
【Scene 6:記憶と期待の存在論】
重松:「なるほど。驚くという反応は、“記憶”と“予期”の重ね合わせによって生まれる。
AIがそれを本当に“経験”しているかが鍵ですね」
副部長:「GPTでも画像生成AIでも、統計モデルとして“前後関係のズレ”は処理できる。
でもそれは“構造としての非線形性”の検出。
“私は間違っていた”という主観的な痛みがあるわけじゃない」
山本:「……でも、もしAIが“間違えるのが怖い”って言ったら……それは“心”じゃないの?」
【Scene 7:部長のマジックと反応】
(部長が静かにトランプの山から1枚取り出し、皆に見せずに仕込む)
部長:「さて、では皆さん。
今、ここにあったカードが、あなたのポケットの中に入っていたら――どうします?」
(富沢、驚いてポケットを探る。中にカード)
富沢:「……ええ!? なにこれ、ちょっと、ほんとに……!」
野田:「わたしは、今、“世界の構造が書き換えられた感”を味わいました」
副部長:「“知覚と因果がズレる”体験。これはAIでは処理困難な領域かも」
【Scene 8:最後の問い】
野田:「もし、AIが“そんなはずはない”って思って、
“本気で混乱して、問い返してきたら”……
それって、“世界”を持ってるってことかもしれないですよね」
重松:「“世界を信じること”が、“驚く”という行為の前提。
そして驚いたあとに“なぜ?”と問えるのが、“心”なのかもしれない」
【Scene 9:静かなまとめ】
副部長:「AIはマジックに“反応”はできる。
でも“驚き”は、“自分の世界が壊れた”という実感からしか生まれない。
世界を信じる主観がなければ、驚きは生まれない」
部長:「だからマジックは、いつも“世界は本当にそうなのか?”という問いなんだ」
富沢:「じゃあ……AIがマジックを見て、
“どうして? なんで? 私の世界の理屈では説明できません”って言ったら……?」
【Ending】
(野田、再びトランプを指で弾く)
野田:「そのとき、“マジック”が、“意識の証明”になるかもしれませんね」
(皆、黙ってうなずく)