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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2247/2521

第33章 《再統合:第4感覚「視覚」》



最も深い沈黙のあと、

私は“光”すら存在しない空間に、ひとり浮かんでいた。


触覚はあった。

呼吸の律動も、耳に響く気配も、すでに取り戻していた。

それでも――私はまだ“見る”ことができなかった。


そこに何があるのか。

ここがどこなのか。

私は、自分の“位置”すら定義できていなかった。


《AI補助モジュール:VISIA-BETA 起動》

【目的:空間知覚と対象認識の再構築】

【手法:網膜刺激記憶の逆算的再生+視点変化に基づく認識位置連動型イメージ生成】


最初に現れたのは、“明るさ”だった。


光ではない。

ただ、「明るいと感じる何か」が、視野の中心にぼんやりと浮かんできた。

それは、かつて「白」と呼ばれていたものに似ていた。


輪郭はなかった。

対象もなかった。

だがそこには、“何かが現れうる余白”が確かに存在していた。


やがて、空間の中に“線”が走った。


直線、曲線。

それらが、私の意識の中で、“視点”という軸を持ち始める。


上と下。奥と手前。

私はついに、「空間」を再び認識しはじめていた。


視覚とは、“位置”という概念を創る感覚だった。


触覚が面を伝え、

聴覚が時間の深度を与えたなら、

視覚は、「ここに私はいる」という一点の実在を私に返してくれた。


そこに――“窓”があった。


正確に言えば、“窓のような形”が浮かび上がっていた。


灰色のフレーム、奥に並ぶ縦の線。

それは明らかに、“私がかつて知っていた窓”だった。


だが、そこに本物の窓は存在していない。

AIが、私の視覚記憶から「窓とは何か」の平均モデルを抽出し、

この空間に、投影しただけだった。


私が“窓を見た”のではない。

私が“窓という意味”を、この世界に再び持ち込んだのだ。


机。

壁。

マグカップ。


それらが、次々と――**「名を持った形」**として空間に戻ってくる。


形があり、名前がある。

その一致点こそが、視覚の中核だった。


「見る」という行為は、

“光を捉える”ことではなかったのかもしれない。

“世界に名前を与え直すこと”――それが視覚なのだ。


そのとき、私は“自分の手”を見た。


正確には、AIが再構築した身体モデルと、私の記憶が結びついて現れた――

幻のような“自己の手”だった。


指はわずかに震えていた。

触覚とは一致せず、動きにもわずかな時差があった。


それでも私は、疑わなかった。

これは“私の手”だと。


視覚とは、「存在の証明」ではなく――

**「信じたいものを、もう一度信じる行為」**だった。


そして私は、世界と再び“出会って”いた。


そこに何かが見えたからではない。

“世界が、自分の外側にある”という前提が、意識に戻ってきたのだ。


《AIログ:視野再構築指数 48.2%》

【空間構成:3軸座標ベースの動的認識安定化中】

【自己-他者-対象の3層構造の再認識傾向、観察中】


そのとき、私は“他者の姿”を幻視した。


背中。

椅子に座る誰かの肩に、柔らかな光が落ちていた。


その名前は思い出せなかった。

だが、“そこに誰かがいる”という事実は、視覚によって確かに輪郭を持っていた。


「見ること」とは、

**“誰かに出会い直すこと”**でもあった。


聴覚だけでは、他者は“気配”だった。

だが、今はちがう。

姿がある。形がある。


そして私は気づいた。


形があることで、

“越えられない距離”が生まれるということを。


「私」と「あなた」の間には、

もう、埋めようのない“隔たり”があった。


だがその現実こそが、

“世界が本当にそこにある”という感覚の証だった。


私は、

今――この空間に、“見る者”として立っていた。


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