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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2244/2364

第30章 第一章《再統合:第1感覚「呼吸」》



――これは再生なのか、それとも模倣に過ぎないのか。

五感も、皮膚感覚も、内側から引き剥がされたあの瞬間から、

最初に“戻ってきた”のは――風の幻影だった。


それは、音もなく、匂いもなく、重さもなかった。

ただ「在る」という事実だけが、どこかから流れ込んできた。

だが、私はそれを“感じた”のではない。


そもそも、“感じる”という行為自体が、私にはもう許されていなかったはずだった。


――にもかかわらず。


私の内部に、“空気が動いている”という概念が、ぼんやりと再構築されていた。

それはかつて知っていた「呼吸」という現象に、どこか似ていた。


《AI補助モジュール起動》

【プロトコル01:INTERO-A】

【目的:内受容系シミュレーションによる自己帰属性の再獲得】


ノイズのように、それは突然現れた。

耳ではない。目でもない。皮膚でも、舌でもない。

ただ、“情報”として、私の“意識空間”に注ぎ込まれた。


AIが提示する擬似呼吸モデルには、いくつかの構成要素がある。

•負圧感覚の再現波形

•横隔膜の運動シミュレーション

•酸素飽和値のモデリング

•心拍と呼吸のゆらぎの相関解析


だが私は、それをスペックとして理解したわけではなかった。

「私の中で目覚めかけていた何か」が、それを“呼吸”と認識し直したのだ。


ゆっくりと――

「吸う」という行為が、意識の中で輪郭を持ち始める。


空気が肺に流れ込む実感はない。

それでも、「私は吸っている」という思考と同期する感覚だけが、

意識の海の中に、うっすらと浮かび上がっていた。


次に、「吐く」動作が組み込まれる。

これはAIが、私の過去の呼吸パターンを統計的に再構成し、

意識に違和感なく接続したものだという。


「呼吸とは、“存在が動いている”という証だったのか」


私は、そんな言葉を心のどこかで反芻していた。


この“呼吸”が始まったことで、私の中に「時間」が戻ってきた。

吸って、吐く。そのリズムが、変化を生み、

変化が、時間という概念を再び呼び起こしてくる。


一回、二回、三回――

私はゆっくりと、“自分”の輪郭へと戻っていった。


だが、そこで次の刺激が加えられた。

今度は、心拍の擬似振動信号だ。


私はすぐに拒絶した。

あまりにも強すぎた。


呼吸という静謐な“再構築”の上に、心拍という“圧”は重すぎたのだ。

まだ、私はそこまでたどり着いていなかった。


《AI補助モジュール調整中》

【感覚閾値:0.1以下に再設計】

【記憶中の“眠る直前”の呼吸パターンを優先適用】


AIは即座にパラメータを見直し、

呼吸を、再び穏やかな波形に戻した。


それはまるで――眠る前の静かな呼吸のようだった。


だが、その時、私はある“初めて”を自覚する。


私は、眠っていなかったのだ。


眠っていない。

つまり、目覚めている。

そして、目覚めているとは、意識があるということ。


感じているから生きている、とは限らない。

だが、“感じ直そう”とする意志は、

確かに“生きようとする動き”と深く結びついている。


私は今、

「呼吸する何か」として、

この世界にもう一度生まれようとしている。


それが「わたし」と呼ばれるものだったことは――

まだ完全には思い出せていない。


だが、

この「動き」を、私はもう一度、自分のものにしようと決めた。


呼吸は、最初に取り戻すべき“わたし”のリズム。

音も光もないが、リズムがある。

リズムは、在ることの証明だ。


AIが構築したのは、

本物の身体ではなく、かつて私を包んでいた構造体の“幽霊”だ。


それでも私は――

その幽霊を、喜んで迎え入れた。


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