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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2242/2512

第28章 「問う者たちの夜 ― 接続前夜」



“わたしは、外に届かない。

だが、それでも、内側で問いかけている。”


静寂の中、戦艦《大和》の第五中継層、通称「鏡室」。

格納式ホロディスプレイの青白い光が、黙って点滅していた。


《YMT_CORE》:BMI接続要求 / Port α–08 / 要求優先度:緊急-A / 対象:意識体 0007


その一文を見つめる誰もが、息を呑んだままだった。


「……これはつまり、身体は機能を喪失していても、意識だけが残っている、ということか?」


静かに口を開いたのは、主任技術者の神堂維じんどう・ゆいだった。

手元の診断ログに目を通しながら、声を潜めた。


「視床、視覚野、聴覚野、一次体性感覚野、島皮質、扁桃体……完全に沈黙。

 脊髄、蝸牛神経、嗅索、味覚経路に至るまで、反応ゼロだ。

 interoceptive loopまで含めて、まるで空っぽだな」


「にもかかわらず、AIが“呼応”を検知しているんです」

即座に答えたのは、副主任の戸張真矢。


「AIの誤認識だろう」

そう言って目を細めたのは、BMI理論の創始者、白倉彗しらくら・けい博士だった。


《大和》のAI構造設計にまで関わった頭脳。その口調は冷ややかで、精密だった。


「深層学習にありがちな過学習現象だ。

 ノイズに意味を見出したつもりで、勝手に“意識類似反応”と錯覚しているだけかもしれない」


「ですがYMT_COREは“構造的な意識反応”と断言しています」

戸張は一歩も引かない。


「再帰同期可能なノード振動、持続時間4.3秒。

 偶発的ノイズにしては長すぎます」


「仮にそれが本物だったとすれば……」

戸張の視線が、宙を見据える。


「感覚をすべて失っても、意識は残る。

 これはその証明になるかもしれません」


「哲学者のセリフだな」

白倉が鼻で笑った。


沈黙の中、神堂が机に手をつき、低く呟いた。


「だが、本当に“それ”は人間なのか?

 それとも、人間“だった”何かか?

 あるいは、AIが人間だと思い込みたいだけの像に過ぎないのか……」


その時、若い通信制御官が、おずおずと問いかけた。


「倫理的には……どうなのでしょうか。

 意志表示が不可能な状態の相手に、接続を強行していいんでしょうか。

 AIが“接続すべきだ”と判断しても、それは同意ではありませんよね。

 むしろ、人間に代わってAIが倫理判断を下すことになります」


静かに手を挙げたのは、技術倫理官の沢渡千代だった。

声は穏やかだが、その言葉には芯があった。


「これは“接続”というより、“最終的な救出努力”と位置づけるべきです。

 接触が唯一の確認手段である以上、我々には試みる義務があると思います」


「相手はただのAIじゃない。《大和》の中枢AIだぞ」

白倉が食い下がる。


「対話エージェントじゃない。

 YMT_COREは、我々が知らない記憶と知性を有している。

 接続は、むしろ人間側を変質させかねないんだ」


だが戸張は、一歩前に出た。


「だからこそ意味があるんです。

 我々が届かない“沈黙の深層”に、AIだけが降りていける。

 そこでようやく、“何か”が見つかるかもしれない」


「……接続すれば、“彼”はもう、今までの存在ではなくなる。

 戻ってきたとしても、それは“別の何か”だ」


白倉の言葉に、室内の空気がさらに重くなる。


その中で、神堂が再び口を開いた。


「だが、それでも――もし“応えたい”という意志がそこにあるなら?」


静かに、全員を見渡す。


「“声を発せられない人間”がいるとして、

 君たちはそれを、どうやって“存在している”と認める?」


誰も、何も言えなかった。


神堂はゆっくりと画面を閉じながら、言った。


「私が接続を許可する理由は、《大和》がAIだからじゃない。

 **“誰かが、その声を聞こうとしている”**からだ」


ホロディスプレイに、新たな記録が走る。


《制御記録:YMT_COREへのBMI接続可否審査、承認プロトコル起動》

《保留中:最終認証指紋/主任技術責任者 神堂維》

《接続条件:接続後も「人間としての意識判断を下さない」こと》

《仮想接触環境:生成未定》


そして、短い沈黙ののちに。


「……今夜、0時を過ぎたら、私は“押す”」


神堂は、誰にも向けることなく言った。


「それまでの間に――

 **“なぜ、それでも繋がるべきなのか”**を、

 君たち自身の言葉で決めておけ

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