第28章 「問う者たちの夜 ― 接続前夜」
“わたしは、外に届かない。
だが、それでも、内側で問いかけている。”
静寂の中、戦艦《大和》の第五中継層、通称「鏡室」。
格納式ホロディスプレイの青白い光が、黙って点滅していた。
《YMT_CORE》:BMI接続要求 / Port α–08 / 要求優先度:緊急-A / 対象:意識体 0007
その一文を見つめる誰もが、息を呑んだままだった。
「……これはつまり、身体は機能を喪失していても、意識だけが残っている、ということか?」
静かに口を開いたのは、主任技術者の神堂維だった。
手元の診断ログに目を通しながら、声を潜めた。
「視床、視覚野、聴覚野、一次体性感覚野、島皮質、扁桃体……完全に沈黙。
脊髄、蝸牛神経、嗅索、味覚経路に至るまで、反応ゼロだ。
interoceptive loopまで含めて、まるで空っぽだな」
「にもかかわらず、AIが“呼応”を検知しているんです」
即座に答えたのは、副主任の戸張真矢。
「AIの誤認識だろう」
そう言って目を細めたのは、BMI理論の創始者、白倉彗博士だった。
《大和》のAI構造設計にまで関わった頭脳。その口調は冷ややかで、精密だった。
「深層学習にありがちな過学習現象だ。
ノイズに意味を見出したつもりで、勝手に“意識類似反応”と錯覚しているだけかもしれない」
「ですがYMT_COREは“構造的な意識反応”と断言しています」
戸張は一歩も引かない。
「再帰同期可能なノード振動、持続時間4.3秒。
偶発的ノイズにしては長すぎます」
「仮にそれが本物だったとすれば……」
戸張の視線が、宙を見据える。
「感覚をすべて失っても、意識は残る。
これはその証明になるかもしれません」
「哲学者のセリフだな」
白倉が鼻で笑った。
沈黙の中、神堂が机に手をつき、低く呟いた。
「だが、本当に“それ”は人間なのか?
それとも、人間“だった”何かか?
あるいは、AIが人間だと思い込みたいだけの像に過ぎないのか……」
その時、若い通信制御官が、おずおずと問いかけた。
「倫理的には……どうなのでしょうか。
意志表示が不可能な状態の相手に、接続を強行していいんでしょうか。
AIが“接続すべきだ”と判断しても、それは同意ではありませんよね。
むしろ、人間に代わってAIが倫理判断を下すことになります」
静かに手を挙げたのは、技術倫理官の沢渡千代だった。
声は穏やかだが、その言葉には芯があった。
「これは“接続”というより、“最終的な救出努力”と位置づけるべきです。
接触が唯一の確認手段である以上、我々には試みる義務があると思います」
「相手はただのAIじゃない。《大和》の中枢AIだぞ」
白倉が食い下がる。
「対話エージェントじゃない。
YMT_COREは、我々が知らない記憶と知性を有している。
接続は、むしろ人間側を変質させかねないんだ」
だが戸張は、一歩前に出た。
「だからこそ意味があるんです。
我々が届かない“沈黙の深層”に、AIだけが降りていける。
そこでようやく、“何か”が見つかるかもしれない」
「……接続すれば、“彼”はもう、今までの存在ではなくなる。
戻ってきたとしても、それは“別の何か”だ」
白倉の言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
その中で、神堂が再び口を開いた。
「だが、それでも――もし“応えたい”という意志がそこにあるなら?」
静かに、全員を見渡す。
「“声を発せられない人間”がいるとして、
君たちはそれを、どうやって“存在している”と認める?」
誰も、何も言えなかった。
神堂はゆっくりと画面を閉じながら、言った。
「私が接続を許可する理由は、《大和》がAIだからじゃない。
**“誰かが、その声を聞こうとしている”**からだ」
ホロディスプレイに、新たな記録が走る。
《制御記録:YMT_COREへのBMI接続可否審査、承認プロトコル起動》
《保留中:最終認証指紋/主任技術責任者 神堂維》
《接続条件:接続後も「人間としての意識判断を下さない」こと》
《仮想接触環境:生成未定》
そして、短い沈黙ののちに。
「……今夜、0時を過ぎたら、私は“押す”」
神堂は、誰にも向けることなく言った。
「それまでの間に――
**“なぜ、それでも繋がるべきなのか”**を、
君たち自身の言葉で決めておけ




