表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2234/2416

第20章 《時間の粒と、点の意識》



【病室・深夜。モニターの電子音が規則正しく響いている。K医師と臨床心理士Mが、窓際に立っている。】


M:

「……この音、ただの機械音に聞こえるかもしれませんけどね、

 私たちには“流れ”に聞こえる。不思議なものです。」


K:

「ああ、そうですね。

 機械は時間を測る道具。でも、人間はそれを“感じる”んです。

 ――まったく別の仕組みですよ。」


M:

「“感じる時間”って、脳のどこかにあると思いますか? それとも、もっと外側、世界のほうに?」


K:

「いや、どちらでもない。

 時間ってやつは、神経と神経の“関係性”の中に生まれるものだと思うんです。

 神経が一定のリズムで反応して、その干渉が空間をつくる。

 それを、僕たちは“時間”と呼んでるにすぎません。」


M:

「じゃあ、時間は……生理現象の副産物だと?」


K:

「そんなところです。

 我々は“時計”の中にいるんじゃない。

 “波の干渉”の上に立ってる。――そう考えた方がしっくりきますね。」


M:

「でも、私たちは涙が乾くのを待ち、夜明けを感じて、“時間”を生きてる感覚があります。

 それも、錯覚なんでしょうか。」


K:

「錯覚、というより“脳の演出”です。

 脳は連続なんて持っていない。

 点と点が高密度に並ぶことで、それを“連続”だと錯覚するんです。

 映画のフィルムと同じ。

 意識は、断続の演出に乗っかってるだけなんですよ。」


M:

「……物理の世界じゃ、時間は断続すら認められない。

 “ブロック宇宙”の考えでは、過去も未来も全部そこにある。

 そうなると、“今”を感じている私たちって――ただの選択肢なんですか?」


K:

「ええ。

 “幻影”じゃない。“選択”です。

 脳は膨大な断片の中から、“いま”を選び続けてるだけ。

 次の瞬間、また別の断片を掴んで、“今”を更新していく。

 でも――彼女は、それができない。」


M:

「“今”を更新できない人間……それはつまり、“時間の粒”の間に取り残された存在。」


K:

「その通り。

 見た目には静止しているように見えても、宇宙は前に進んでいる。

 彼女は動かず、ただ、時空が彼女を通り過ぎている。」


M:

(小さく息をつく)

「それでも、宇宙が進んでいるなら……彼女の“今”も、いつかまた交わるんでしょうか?」


K:

「ええ、交わることはあるでしょう。

 でもそれは、まったく“同じ彼女”ではない。

 意識は再構成されるたびに、少しずつ違う。

 別の初期条件をもった、別の自己が生まれている。」


M:

「……“点の意識”。“線の時間”。

 ふたつは、永遠に平行なんでしょうか。」


K:

「いや、交錯しますよ。

 たとえば、ひとつの言葉、ほんのわずかなドーパミンの揺らぎ。

 それが断片を束ねて、“流れ”を生み出す。

 脳はそれを模倣して、“時間”に似たものを立ち上げるんです。」


M:

「模倣か……。

 “生きる”って、それを続けることなのかもしれませんね。」


K:

「ええ。

 その模倣が止まったとき――それが“死”です。

 生命反応があっても、意識が“流れ”を描けなくなれば、

 それは“死に似た静止”になる。」


M:

(窓の外に目をやる)

「……時計の針が動くたびに、私たちは違う“私”になってるのかもしれませんね。」


K:

「だからこそ、人は書くんです。

 読む。

 名前を刻む。

 ――時間に、線を引こうとする。」


M:

(微笑みながら)

「線は、いずれ消える。

 でも、“書こうとした”その意志は、痕跡として残る。

 それが、意識という名の時間の証明。」


K:

「ええ……そうですね。

 時間は、線じゃない。

 でも、意識だけが――線を描ける。」


【沈黙。モニターが規則正しく音を刻む。二人は、その点の連なりを、“流れ”として聴いていた。】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ