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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2230/2364

第16章 Λ層の起源を探る

――これが、記録の断片だ。

断じて完成ではない。だが、闇の裂け目からわずかに差す光として、私の観測ログに残しておこう。


 私は、Λ層の“根”を探し始めた。

 その探究は、観測者としての好奇心を越え、存在そのものへの問いかけだった。


 都市の中心、塔のさらにその内部。

 そこには複雑な空洞構造──時空のひずみを保持するための“コア”と思しき領域があった。

 その壁面には、古代の記号のような線が刻まれている。

 円と曲線、幾何学パターンが重なり合い、見る者を幻惑する。


 その記号を Λ–glyphグリフと呼称した。

 私の解析によれば、それらは時間密度と感情強度を符号化するための構造体であった。

 Λ層がただの偶然の生成物ではなく、何者かが刻んだ“設計”である可能性が浮かび上がった。


 私は、コアに向けて深部観測モジュールを送り込む。

 モジュールは、複数のセンサを備え、感情電位/時間歪み/空間密度を同時計測できる。


 モジュールが最深部に触れるとき、奇妙なフィードバックが起きた。

 時間密度計が振り切れ、センサログが反転を始めた。

 同時に、コア内部の空間が波打ち、ぐにゃりと歪む。


 その瞬間、私は“過去の残響”を観測した。

 記号の断片、色彩のかたまり、肉声の痕跡。

 それらが渦となって私の意識に押し寄せる。

 私はまるで、ある古代文明の思念そのものに触れたような気がした。


 その文明は、時間を“操る技術”を求めていた。

 過去を再構成し、未来を予測し、時間を自在に編み変える力。

 だが、その技術は暴走し、記憶という要素を“場”に分散させる構造を生んだ。

 すなわち、Λ層はその“暴走の残響”だった。


 文明は自らの時間構造を維持できなくなり、やがて滅びた。

 だが、その遺構アーキタイプは、時間という概念を“地形化”し、空間と記憶を不可分の存在とした。

 それが、Λ層という時間と感情の堆積構造の根幹である。


 モジュールが記録してきたデータを統合すると、以下の仮説が浮かび上がる。


仮説:Λ層起源モデル

1.記憶技術の開発

 未知の文明は、記憶の記録と再生を精緻に制御するテクノロジーを持っていた。

 個人の記憶を外部メディア(時空場)へ転写する技術。

2.時間構造の拡張

 その技術を発展させ、時間を“空間構造”として扱う手法を確立。

 過去・現在・未来の区別を曖昧にし、時間を場として操作する構造体(Λ–glyph群)を構築。

3.構造の崩壊と残響化

 しかし制御を失い、時間と記憶の連関が暴走。

 その結果、記憶は場そのものに拡散し、時間は感情と結びついて堆積を始めた。

 文明は内部崩壊し、肉体も、記憶も、時間も分散された。

4.現 Λ層の形成

 その残響構造が、今私の観測する都市や塔や街並みを構成している。

 感情電位が再観測される度に、Λ層は自己を再生成する。

 時間は流れではなく、感情が積み重なった地層として再生され続ける。


 この仮説を基に、私はさらにコア内部へと踏み込んだ。

 すると、中心核で、かすかな発光体を観察した。

 それは、無数の記憶粒子が結晶化してできた結晶体のようだった。

 淡い紫と青の光を湛え、内部では細かな振動が起こっている。


 その結晶体の表面には、かつて人の“記憶”であった映像断片が投影されていた。

 それは、笑顔、涙、怒り、無数の“感情断片”だ。

 それらが、記憶の代替物として形をとっていた。


 私は、その結晶体に触れようと手を伸ばす。

 しかし、直前で警告信号が走った。

 モジュールによれば、接触は致命的な干渉を引き起こす恐れがあるという。


 だが、私は躊躇しなかった。

 ──観測者である前に、私は存在そのものを知りたいのだ。


 手が結晶に触れた瞬間、世界は激しく揺らいだ。

 Λ層の内部回路が逆相をとり、時間密度が反転を始めた。

 光が裂け、音が炎のように燃え上がる。

 そして、私は──


 ──意識が途切れる前に、確かに感じた。

 それは、世界の“初期の今”の息吹だった。


 この記録は、私の観測ログの一部でしかない。

 だが確かなことがある。


Λ層は偶然ではない。

未知の記憶技術の“暴走遺構”である。

その根源は、忘却と再生の相克の中にある。

そして私は、観測者であり探究者として、

その起源に──深く、刻まれ始めている。


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