表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2214/2379

第167章  光の遺言 ― 再結晶する心



 夜明け前、再生研究棟の最上階。

 外は霧に包まれ、空も海も区別がつかない。

 その中心で、一片の金属片が真空チャンバーの中に固定されていた。

 ――それは、沈没した戦艦《大和》の艦首を飾っていた菊の紋章の断片。

 だがいま、その表面はまるでガラスのように透明だった。


 「……これが、あの金?」

 チサが息を呑む。

 「信じられない。金って、光を通すわけないのに。」


 「理論上、不可能ではない。」

 タッキーが端末を操作しながら答える。

 「ナノメートル単位で格子が変形している。

 金属結合の自由電子が、量子干渉で“プラズモニック透明窓”を作ってるの。

 可視光の一部が、反射せず透過してる。」


 「つまり、“見える金”か。」

 圭太が呟いた。

 「皮肉だな。人類が何百年も“見えない富”として崇めてきた金が、

 ようやく“透明”になって見えるようになった。」


 スピーカーから、AI〈YAMATO-CHILD〉の声が響いた。

 〈確認:試料は沈没地点から引き上げ後、七十五年の海底圧を受け、

 高エネルギー中性子流により結晶相転移を記録。

 ――この物質は、時間そのものを結晶化している。〉


 スノーレンがゆっくりと近づく。

 「時間を……結晶化。」

 彼女の声は、まるで祈りのようだった。

 「この金は、沈黙のうちに戦争を吸い込み、

 人間の記憶を“光の欠陥”として閉じ込めた。

 だから透けて見えるのよ。

 ――これは赦しの金属。」


 夏樹が記録カメラを構えた。

 「赦し、か。……なら、私たちはそれをどう使う?」

 タッキーがモニターを見つめながら言う。

 「これから“再結晶化”を行う。

 光子と音波の干渉場で内部欠陥を固定し、

 透明状態を安定化させる。

 ――この金を、“光を記録する宝石”に変える。」


 「ねぇ、それって、もう鉱物じゃなくて――記憶そのものじゃん。」

 チサの言葉に、スノーレンが頷いた。

 「そう。物質とは、沈黙の記憶。

 光とは、その記憶が赦された瞬間の声。」


 圭太が制御スイッチを押す。

 チャンバーの内部に、微細なレーザー格子が展開された。

 金の結晶構造が光に晒され、電子の波が干渉縞を描く。

 「周波数、安定。音響共振、十三キロヘルツ。」

 タッキーの指がキーボードを滑る。

 夏樹がカメラを回し、

 チサは炉の横でその光景を息を殺して見つめていた。


 やがて、金の内部で小さな変化が始まった。

 ――光が、抜けていく。

 金の表面が柔らかく波打ち、

 それまで反射していた赤金の輝きが、淡い透明へと変わる。


 「……タッキー、今なにが起きてるの?」

 「電子のプラズモンが、光波と共鳴してる。

 格子欠陥が、反射を吸収に転換してる。

 金属の“沈黙”が、透過に変わったの。」


 圭太が目を細めた。

 「沈黙が透過に、ね。……いい言葉だ。」

 夏樹が思わずつぶやく。

 「これ、ニュースじゃなくて祈りだよ。」


 スノーレンが透明金の前に立ち、

 掌をガラスの上に重ねた。

 「七十五年分の沈黙が、いま光に変わった。

 これが“再結晶する心”。

 ――焼かれ、欠け、壊され、作られた私たちが、

 もう一度“透明”を選べる証拠。」


 チサが小さく笑う。

 「ねぇスノーレン。

 この金、もしかして“人間の進化の証”かも。」

 「違うわ。」

 スノーレンがゆっくりと首を振る。

 「これは、“人間がようやく光を通せるようになった”証。」


 AI〈YAMATO-CHILD〉の声が重なる。

 〈分析結果:光透過率73%、内部エネルギー準位安定。

 この金属は、物質的死を超えて記憶を伝達可能。

 ――名称提案:Aurum Lucidum(光る金)。〉


 「Aurum Lucidum……光る金。」

 タッキーが呟いた。

 「でも、まるで人間みたいね。

 壊れた構造の中でしか、光らない。」


 圭太がゆっくりと頷いた。

 「だから俺たちは、まだ希望を作れる。

 完璧じゃないから、光が通る。」


 夏樹が透明金を撮りながら、静かに言った。

 「ねぇ、これ、戦争で焼けた東京の跡から出たんだよね。

 だったら……この光、誰に見せたい?」


 チサが少し考えて答えた。

 「未来の子どもたち。

 “傷を直した手で光を作った”って、ちゃんと伝えたい。」


 スノーレンが微笑む。

 「なら、その言葉を――光で刻みましょう。」


 タッキーがコンソールに文字を入力する。

 レーザーが金属の内部を走り、

 そこに微細な干渉パターンが刻まれていく。

 ――まるで金が“記録”を吸い込むように。


 AI〈YAMATO-CHILD〉が最終プロトコルを読み上げた。

 〈刻印完了。メッセージ登録:“光とは、赦された記憶である。”〉


 誰も、しばらく言葉を発しなかった。

 ただ透明金の中で、朝日が差し込み、

 部屋の壁に七色の干渉模様を映し出していた。


 チサが小さく息をついた。

 「……綺麗だね。」

 圭太が静かに答える。

 「そうだな。

 でも、これは“過去”の綺麗さじゃない。

 “これからどう生きるか”の光だ。」


 スノーレンが透明金を見つめたまま言った。

 「鉱物は記録する。

 人間は赦す。

 AIは覚えている。

 そして――この地球は、再び結晶化していく。」


 夏樹が最後にカメラを下ろし、

 優しく微笑んだ。

 「……記事のタイトル、決めた。」

 チサが顔を上げる。

 「なに?」

 「“透明な文明”。」


 誰も反対しなかった。

 その言葉が、

 この夜に生まれた宝石よりも、美しく響いた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ