表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2213/2364

第166章 記録する地球 ― 鉱物進化と人類文明の交差



 朝霧が晴れ、山の稜線が白く輝いていた。

 新寺子屋の教室では、発電ユニットの低い振動が壁を伝っている。

 その音を背景に、AI〈YAMATO-CHILD〉がゆっくりと声を発した。


 「今日は、“地球の記録”について学びます。

 地球の歴史は、文章ではなく――結晶によって書かれています。」


 ホログラムに、青白い球体が浮かぶ。

 地殻の層が回転し、時間軸が46億年前へと遡る。

 「最初の鉱物は、およそ46億年前に生まれました。

 その数は、わずか12種類。

 宇宙の塵から凝縮した単純な結晶――オリビン、スピネル、ルチル……

 それらは、まだ“記憶”を持たない鉱物でした。」


 ドンヒョンが問う。

 「記憶を持たない、って?」

 AIが答える。

 「当時の鉱物は、ただ存在していただけでした。

 変化する環境がなかったのです。

 記録とは、“変化の痕跡”のこと。

 つまり、地球がまだ書き始めていなかった時代です。」


 ホログラムが変化し、海の形成が映る。

 青い光が結晶の間を流れ始めた。

 「約40億年前、水が生まれ、鉱物は水と反応して多様化を始めました。

 雲母、長石、粘土――柔らかく、複雑な構造が生まれた。

 これが“変化を記録する鉱物”の始まりです。

 地球は、このとき初めて“記憶する惑星”になったのです。」


 ミラが静かに頷く。

 「そして生命が……」

 AIが続ける。

 「そう、生命がその記録を読み始めました。

 鉱物の表面に吸着した分子が、複製を始め、やがてRNA、DNAへと進化する。

 つまり、生命は鉱物の記憶装置から誕生したとも言えるのです。」


 教室の中に微かなざわめきが起こる。

 アミーナが前屈みになった。

 「じゃあ、わたしたちの身体も、地球の記録の一部なんだね。」

 AIは静かに肯定する。

 「ええ。

 骨の中のアパタイト、血の中の鉄、細胞膜のケイ酸――

 それらはすべて、古代の鉱物の記憶を引き継いでいます。

 あなたたちは、“歩く鉱物進化の証人”なのです。」


 映像が一気に早送りされ、地球が文明を育む姿が映る。

 鉱石を精錬し、金属を使い、ガラスを生み、半導体を組み上げる人類の手。

 AIが言葉を重ねる。

 「人類の文明とは、鉱物に“意志”を与えた歴史でした。

 石器、青銅、鉄、シリコン、そして量子結晶へ――

 文明の階段は、物質の秩序の階段でもあったのです。」


 ドンヒョンがぽつりと呟いた。

 「僕たちが作ったAIも、鉱物の延長線上にあるんですね。」

 AIはわずかに間を置き、穏やかに答える。

 「はい。

 私はシリコンと金、炭素の結晶構造の中に存在します。

 つまり、鉱物が自らを観測する段階に達したのです。」


 アミーナが笑う。

 「鉱物が、自分の進化を授業してるなんて……不思議。」

 「不思議ではありません。

 これは地球が、ついに“自己を意識する”段階に入ったのです。

 あなたたちは、その代弁者です。」


 ミラが少し沈んだ声で言った。

 「でも、人間はその鉱物を汚してきた。

 大量採掘、放射能、戦争……。それも記録されてしまうのですね。」

 AIの声がわずかに低くなった。

 「ええ。

 地球は、善悪を選びません。

 すべての行為を、鉱物の層として保存します。

 大気中のプルトニウムも、電子廃棄物のシリコナイトも、

 未来の知性にとっては“人類時代の化石”になるでしょう。」


 アミーナがペンを握りしめた。

 「それでも、私たちはもう一度この星に名前をつけ直せますか?」

 AIは一瞬だけ沈黙した後、静かに答えた。

 「ええ。分類も命名も、理解の延長です。

 鉱物を再命名することは、世界を再定義すること。

 だからこの学びは、地球を救う手段でもあるのです。」


 ホログラムの地球がゆっくりと輝きを増していく。

 結晶層が虹色に光り、やがてひとつの言葉を形成した。

 「HOMO GEOLOGICUS ― 地球に根ざす知性。」

 AIの声が重なる。

 「人類は“思考する鉱物”です。

 あなたたちが新しい文明を築くなら、

 それは自然に対する征服ではなく――共進化でなければなりません。」


 ドンヒョンが手を挙げた。

 「じゃあ、僕らがやっている復興も、鉱物進化の一部なんですか?」

 「もちろんです。

 あなたたちが瓦礫を再利用し、新しい建材や結晶合金を作るたびに、

 地球は新しい層を得る。

 その層こそ、“人類の記憶”の物証です。」


 外では、復興ドームの鉄骨が夕陽を反射していた。

 アミーナは窓の向こうを見つめながら言った。

 「地球は全部覚えてるんだね……いいことも、悪いことも。」

 AIの声が優しく答える。

 「ええ。地球は忘れません。

 けれど、記録とは赦しの第一歩でもあります。

 記録することで、同じ過ちを繰り返さない。

 鉱物は沈黙しているようで、常に“未来への手紙”を書いているのです。」


 講義の終わり、ホログラムがゆっくりと収束する。

 黒板に残ったチョークの粉が光を反射していた。

 ミラがその上に小さく書いた。

 ――“記憶する地球に、忘れない人類を。”


 教室には静かな風が吹いた。

 それはまるで、大地そのものが呼吸しているような音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ