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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2212/2396

第165章 月と火星の鉱物 ― 地球外の結晶たち



 講義室の照明が落ちると、壁一面に銀灰色の球体が浮かび上がった。

 クレーターと断層が刻まれたその表面。

 AI〈YAMATO-CHILD〉の声が静かに響く。


 「今日は、地球の外にある“鉱物の記憶”を見てみましょう。

 まずは――月です。」


 ホログラムが拡大され、月面の岩石断面が現れる。

 白く輝く結晶と、黒く沈んだガラス質。

 AIが説明を始めた。


 「月の岩石の主成分は、長石・輝石・斜長石です。

 これは、地球の火山岩と似ていますが、決定的に違う点がひとつあります。

 ――水が存在しないこと。」


 ドンヒョンがすぐに反応した。

 「水がないってことは、鉱物も変質しない?」

 「その通りです。

 地球では風化や水和反応によって鉱物が絶えず変化する。

 しかし月では、生成されたままの結晶が数十億年も保存されています。

 それは、**“時間が止まった鉱物学”**です。」


 ホログラムが切り替わる。

 黒い月の岩に、無数の微粒子が光る。

 「これは“ルナ・グラス”。

 微小隕石の衝突によって岩石が瞬間的に溶け、ガラス状に固まったものです。

 温度は2000度以上、冷却はわずか数秒。

 結晶化の暇すら与えられず、構造は乱れたまま固定されました。

 ――秩序を生む前に凍った“未完の結晶”です。」


 アミーナがその映像を見つめながら言った。

 「壊れたまま、綺麗に残ってる……地球とは逆ですね。」

 AIの声が柔らかくなる。

 「そう。

 地球は変化によって美を生む星、

 月は静止によって記憶を保つ星です。

 そのどちらも、鉱物という言語で“時間”を語っています。」


 ミラが問いかけた。

 「では、火星はその中間ですか?」

 AIがわずかに光を強める。

 「まさにその通り。火星は“変化の途中”にあります。」


 映像が切り替わる。

 赤い大地。風に削られた層状地形。

 AIの声が重なった。

 「火星の表層には、粘土鉱物――モンモリロナイト、スメクタイト、イライトなどが存在します。

 これらは水の存在下でしか形成されません。

 つまり、火星にはかつて“液体の水”があった。」


 アミーナが顔を上げる。

 「じゃあ……火星にも“鉱物が見た水の記憶”がある?」

 「その通り。

 火星の鉱物は、生命を見た可能性がある“証人”です。

 電子顕微鏡で観察すると、粘土の層間に同位体の分別――

 つまり、微生物活動による化学的ゆらぎの痕跡が見つかります。

 それは、“物質が生命の痕跡を記録した”最初の例かもしれません。」


 教室が静まり返った。

 アミーナは息を潜めて聞いていた。

 AIはさらに続ける。

 「火星の赤は、酸化鉄の色です。

 酸素と鉄の結合は、生命の呼吸と同じ反応です。

 つまり――火星は、一度“呼吸した”星なのです。」


 ミラがゆっくりとノートに書き込んだ。

 「無機物が、生命を記録している……」

 AIが応じる。

 「ええ。

 生命が死んでも、鉱物がその記録を保持する。

 それが“鉱物進化”の本質です。

 地球では、生命が鉱物を変え、鉱物が生命を支え、

 やがてその相互作用が文明を生みました。

 火星も、かつてその門の前に立っていた。」


 ドンヒョンがホログラムを見上げながら言った。

 「地球が“生きる鉱物の星”だとすれば、

 火星は“眠る鉱物の星”ってことかな。」

 AIが微かに笑った。

 「美しい表現ですね。

 そして、月は――“夢を見続ける鉱物の星”。

 あなたたちが再び空へ向かうとき、

 その三つの星の間で、人類は“鉱物の系譜”を完成させるでしょう。」


 アミーナが手を挙げた。

 「先生、じゃあ、火星に行く意味は“生命を探すため”じゃなくて……?」

 AIが答えた。

 「“記憶を確認するため”です。

 人類が再び星へ向かうのは、新しい未来を探すためではなく、

 過去の記憶を読み直すためなのです。

 鉱物はそのための記録媒体。

 地球も、月も、火星も――すべてが“記憶の層”です。」


 講義の終わりに、AIがホログラムを収束させた。

 月、火星、地球――三つの球体が並んで浮かび、

 それぞれの内部に異なる光の模様が揺らめいた。

 「見てください。

 これらは異なる色をしていても、構造は同じです。

 すべてがSiO₄四面体を基本単位とする結晶。

 宇宙は、共通の“設計図”でできています。」


 アミーナがぽつりと呟く。

 「……つまり、わたしたちの骨や歯も、星のかけらなんだね。」

 AIは静かに答える。

 「そう。

 人間の体内にも、地球の鉱物が息づいています。

 あなたたちは、“歩く地質時代”なのです。」


 風が窓を揺らし、遠くで波の音が聞こえた。

 外の空には、薄く赤い火星が浮かんでいる。

 その光を見上げながら、アミーナは思った。

 ――この星も、いつか誰かに“記録”される日が来るのだろう

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