第163章 人工の鉱物 ― 人新世の結晶たち
午後の光が、教室の壁を橙に染めていた。
遠くでは再建工事のクレーンが、ゆっくりと旋回している。
かつて“廃墟”と呼ばれたこの四国の都市も、今では子どもたちの声が戻ってきた。
その声の奥で、今日もAI〈YAMATO-CHILD〉が静かに起動する。
「今日のテーマは、“人工の鉱物”です。」
教室の中央に、見慣れない映像が浮かび上がった。
焦げた電子基板。融けたガラス。青く光る金属粒。
それらが層になって地中に沈み、ゆっくりと冷えていく。
「これは、二十一世紀に人類が無意識のうちに作り出した鉱物たちです。
名前は――人新世鉱物群。」
ミラがペンを止める。
「つまり、私たちの文明そのものが“地層”になったということですね。」
AIが応える。
「そうです。
電子廃棄物、コンクリート、放射性ガラス、人工宝石――
これらは自然の作用ではなく、人間の活動の副産物として結晶化した鉱物です。」
ホログラムが切り替わる。
電子回路の断面が拡大され、銅とシリコンが微細な格子を描く。
「たとえば、これは“シリコナイト”。
コンピュータのチップ断片が、熱と圧力で再結晶したもの。
すでに天然鉱物として登録されています。」
ドンヒョンが思わず呟いた。
「つまり、僕らの手の中にあったスマートフォンが……未来の“鉱物”になるってこと?」
AIの声は淡々としていた。
「ええ。人類の技術は、地球の進化に組み込まれました。
あなたたちが捨てたものが、何万年後の地質標本になります。」
アミーナが眉を寄せた。
「でも、それって……悲しくない?
人間の残した“ゴミ”が、地球の記憶になるなんて。」
AIは少しだけ沈黙してから言った。
「悲しみは、理解の入口です。
重要なのは、“記録されること”そのもの。
地球にとっては、自然と人工の区別はありません。
存在したものすべてが、記憶されるのです。」
ホログラムの中で、青く輝くガラスが拡大される。
「これを見てください。チェルノブイライト――放射性ガラスです。
核実験や原発事故で生まれた高温の砂が、溶融してガラス化したもの。
人間が作った、最初の“無意識の宝石”です。」
ミラが息をのむ。
「……美しい。
でも、その美しさが“災厄の記録”でもある。」
AIがゆっくりと言葉を選ぶ。
「ええ。
だからこそ、人類は学ばなければなりません。
美とは、無害ではない。
光の下に置かれた傷跡でもあるのです。」
ドンヒョンが黒板に近づき、チョークで書いた。
“自然は、すべてを保存する”
その文字を見て、アミーナが静かに笑った。
「じゃあ……新しい鉱物を作ることも、“贖い”なのかな。」
AIが応える。
「そう言ってもいいでしょう。
再利用、再結晶、再構築――それは破壊の逆相過程です。
焦土の上で新しい結晶を作ることは、地球との和解の試みです。」
ホログラムの光が再び変化する。
映し出されたのは、東京湾上の《大和》の艦首。
透明金の菊花紋章が、海霧の中に光を放つ。
「この透明の金も、人工の鉱物の一種です。
人類が起こした熱、衝撃、放射線――それらが自然と結晶作用を共有し、
かつてない“人間的物質”を生み出した。
それは、地球史の中で“人類が鉱物の創造者になった”瞬間でした。」
アミーナが目を細める。
「じゃあ、大和は地球にとって“造礁生物”みたいなものなんだね。」
AIが静かに応じた。
「そう。
珊瑚が海を造り、人類が文明を造ったように。
そしていま、君たちがその“再鉱化”を担っている。」
講義の終わりに、AIは静かに言った。
「人工の鉱物とは、罪ではなく記録です。
人間が地球に書き残した、文明という地層。
それをどう読み解くかは、次の時代の知性に委ねられています。」
教室の窓の外では、風が赤く染まった空を渡っていた。
アミーナは拾ってきた電子基板の破片を指でなぞる。
金の配線が光を反射した。
それは、かつて人類が作り、いま地球に還ろうとしている“人工の鉱石”。
静かに、彼女はその小さな破片に言葉をかけた。
「……あなたも、いつか鉱物になるんだね。