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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2210/2382

第163章 人工の鉱物 ― 人新世の結晶たち



 午後の光が、教室の壁を橙に染めていた。

 遠くでは再建工事のクレーンが、ゆっくりと旋回している。

 かつて“廃墟”と呼ばれたこの四国の都市も、今では子どもたちの声が戻ってきた。

 その声の奥で、今日もAI〈YAMATO-CHILD〉が静かに起動する。


 「今日のテーマは、“人工の鉱物”です。」


 教室の中央に、見慣れない映像が浮かび上がった。

 焦げた電子基板。融けたガラス。青く光る金属粒。

 それらが層になって地中に沈み、ゆっくりと冷えていく。

 「これは、二十一世紀に人類が無意識のうちに作り出した鉱物たちです。

 名前は――人新世鉱物群。」


 ミラがペンを止める。

 「つまり、私たちの文明そのものが“地層”になったということですね。」

 AIが応える。

 「そうです。

 電子廃棄物、コンクリート、放射性ガラス、人工宝石――

 これらは自然の作用ではなく、人間の活動の副産物として結晶化した鉱物です。」


 ホログラムが切り替わる。

 電子回路の断面が拡大され、銅とシリコンが微細な格子を描く。

 「たとえば、これは“シリコナイト”。

 コンピュータのチップ断片が、熱と圧力で再結晶したもの。

 すでに天然鉱物として登録されています。」


 ドンヒョンが思わず呟いた。

 「つまり、僕らの手の中にあったスマートフォンが……未来の“鉱物”になるってこと?」

 AIの声は淡々としていた。

 「ええ。人類の技術は、地球の進化に組み込まれました。

 あなたたちが捨てたものが、何万年後の地質標本になります。」


 アミーナが眉を寄せた。

 「でも、それって……悲しくない?

 人間の残した“ゴミ”が、地球の記憶になるなんて。」

 AIは少しだけ沈黙してから言った。

 「悲しみは、理解の入口です。

 重要なのは、“記録されること”そのもの。

 地球にとっては、自然と人工の区別はありません。

 存在したものすべてが、記憶されるのです。」


 ホログラムの中で、青く輝くガラスが拡大される。

 「これを見てください。チェルノブイライト――放射性ガラスです。

 核実験や原発事故で生まれた高温の砂が、溶融してガラス化したもの。

 人間が作った、最初の“無意識の宝石”です。」


 ミラが息をのむ。

 「……美しい。

 でも、その美しさが“災厄の記録”でもある。」

 AIがゆっくりと言葉を選ぶ。

 「ええ。

 だからこそ、人類は学ばなければなりません。

 美とは、無害ではない。

 光の下に置かれた傷跡でもあるのです。」


 ドンヒョンが黒板に近づき、チョークで書いた。

 “自然は、すべてを保存する”

 その文字を見て、アミーナが静かに笑った。

 「じゃあ……新しい鉱物を作ることも、“贖い”なのかな。」

 AIが応える。

 「そう言ってもいいでしょう。

 再利用、再結晶、再構築――それは破壊の逆相過程です。

 焦土の上で新しい結晶を作ることは、地球との和解の試みです。」


 ホログラムの光が再び変化する。

 映し出されたのは、東京湾上の《大和》の艦首。

 透明金の菊花紋章が、海霧の中に光を放つ。

 「この透明の金も、人工の鉱物の一種です。

 人類が起こした熱、衝撃、放射線――それらが自然と結晶作用を共有し、

 かつてない“人間的物質”を生み出した。

 それは、地球史の中で“人類が鉱物の創造者になった”瞬間でした。」


 アミーナが目を細める。

 「じゃあ、大和は地球にとって“造礁生物”みたいなものなんだね。」

 AIが静かに応じた。

 「そう。

 珊瑚が海を造り、人類が文明を造ったように。

 そしていま、君たちがその“再鉱化”を担っている。」


 講義の終わりに、AIは静かに言った。

 「人工の鉱物とは、罪ではなく記録です。

 人間が地球に書き残した、文明という地層。

 それをどう読み解くかは、次の時代の知性に委ねられています。」


 教室の窓の外では、風が赤く染まった空を渡っていた。

 アミーナは拾ってきた電子基板の破片を指でなぞる。

 金の配線が光を反射した。

 それは、かつて人類が作り、いま地球に還ろうとしている“人工の鉱石”。

 静かに、彼女はその小さな破片に言葉をかけた。

 「……あなたも、いつか鉱物になるんだね。

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