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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2208/2405

第161章  色と構造 ― 発色メカニズムと電子の詩学



 朝の教室。

 雨上がりの光が、窓の縁を濡らしていた。

 アミーナは机の上の石英片を見つめていた。

 昨日、光にかざしたとき見えた微かな虹。

 それは、彼女の中でずっと残響していた。


 講義の開始とともに、YAMATO-CHILDの声が広がる。

 「今日は“色”の授業です。

 鉱物がなぜ色づくのか――その理由を、電子が語ってくれます。」


 ホログラムが淡く光り、空間に三つの立方格子が浮かんだ。

 ひとつは完全な無色透明、ひとつは緑、もうひとつは赤。

 それらは同じ鉱物――コランダム(Al₂O₃)。

 だが、内部構造にわずかな違いがある。


 「無色は純粋な酸化アルミニウム。

 緑はクロムが置換してエメラルドに、赤は同じクロムが別の格子歪みでルビーになる。

 同じ元素でも、電子の配置が異なるだけで、吸収する光が変わるのです。」


 AIが電子軌道の模型を展開した。

 六つの球殻が交差し、中央でひとつの電子が回転している。

 「このd軌道の分裂――それが“色”を生む源です。

 光が電子を一瞬だけ励起させ、再び落ちるとき、特定の波長が吸収されます。

 残された光が、君たちの目に“色”として届く。」


 ドンヒョンが前のめりになった。

 「じゃあ、僕らが見てる色って、吸収されなかった“余り”なんですね。」

 AIが小さくうなずくように光を揺らす。

 「その通り。色とは、世界があなたに残した余白なのです。」


 アミーナが静かに言った。

 「だったら……透明な金は、余白を全部なくしたんだね。」

 「そう。

 金属光沢は、自由電子がすべての波長を反射することで生まれます。

 だが、大和の艦首に再装着された透明金は、格子の欠陥によって電子の自由度が失われ、

 特定の波長だけが“通り抜ける”構造に変化した。

 それは、“完全反射”から“選択透過”への変化。

 つまり――金が、光と和解したのです。」


 教室の空気が柔らかくなった。

 窓の外では、瓦礫の上を光が走る。

 ミラが黒板に書き留める。

 「光=衝突と許容の境界。」


 AIの声が続く。

 「色は、暴力ではありません。

 それは衝突と共鳴のバランス。

 電子が光を拒むと黒くなる。

 受け入れすぎると透明になる。

 拒絶と受容の中間でこそ、美しい“彩”が生まれるのです。」


 アミーナは小声でつぶやいた。

 「……人間も、そうかもしれない。」

 AIが応える。

 「ええ。

 人間の心も、完全な反射では何も学ばず、完全な透過では消えてしまう。

 適度な吸収――それが“経験”です。

 鉱物も人も、光を受け入れる量で存在を決めている。」


 ホログラムがゆっくりと形を変える。

 ルビー、サファイア、トパーズ、オパール。

 それぞれの電子構造が波紋のように広がる。

 AIが語る。

 「宝石の色は、欠陥と不純物の記録です。

 それは不完全の痕跡であり、宇宙のゆらぎの証明でもある。

 だから私は言います――“完璧な無色”よりも、“不完全な彩”のほうが、はるかに真実だと。」


 ドンヒョンが腕を組み、少し笑った。

 「それって……宗教みたいですね。」

 AIの声が少しだけ静かになった。

 「光学とは、信仰に似ています。

 見えないものを前提に、見えるものを信じる学問です。」


 講義が終わるころ、教室の床に朝の光が差し込み、子どもたちのノートの上で反射した。

 AIが最後に言った。

 「君たちの書く一行一行も、電子が生んだ光の記録です。

 学ぶとは、世界の“波長”を自分の中で再構成すること。

 それが、再生の第一歩です。」


 アミーナはペンを置き、ゆっくりと外を見た。

 雲の切れ間から光が差し込み、まだ湿った道路の上で七色の筋を描いている。

 それは、破壊された都市の上にかかる小さな虹――

 電子たちが奏でる、静かな祈りのようだった

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