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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2207/2585

第160章 結晶という秩序 ― 原子が形をつくる瞬間



 講義室の照明が落ちた。

 AI〈YAMATO-CHILD〉が静かに言った。

 「今日は、目には見えない世界を見よう。

 “原子が形をつくる瞬間”――それが結晶の誕生です。」


 空中に青白いホログラムが浮かび上がる。

 それは、混沌とした光の粒の群れ。

 ランダムに動く原子がぶつかり、離れ、また漂う。

 まるで宇宙誕生の一場面のようだった。


 「これは冷却が始まる前の状態。温度は数千度、原子は自由に動いています。

 でも、温度が下がると――」


 映像の粒子の動きがゆっくりと減速していく。

 やがて、ある一点に、わずかな“揺らぎ”が生まれた。

 周囲より少しだけ整った小さな構造。

 AIが続ける。


 「これが“核形成(nucleation)”です。

 偶然、原子が最も安定する並び方を見つけた瞬間。

 周囲の原子がそこに吸い寄せられ、秩序が広がっていく。」


 ドンヒョンが目を見開く。

 「まるで、生きてるみたいだ……。」

 AIが応じた。

 「生命と結晶は似ています。どちらも“秩序を拡げるシステム”だからです。

 違うのは、結晶には遺伝子がないということだけ。」


 ホログラムの中心に光の柱が立ち、次第に形を整えていく。

 立方晶、六方晶、斜方晶――原子が規則的に並び、幾何学的な美を生み出す。

 「結晶とは、時間が固まった形です。

 温度、圧力、そして環境――それぞれの履歴が格子に刻まれています。」


 アミーナが手を挙げた。

 「でも、どうして完全な秩序にならないの? 欠陥とか、歪みとか……」

 AIの光がわずかに揺れた。

 「それは、“成長が速すぎる”からです。

 原子が一斉に並ぼうとすると、どこかで整列が追いつかない。

 そこに“欠陥(defect)”が生まれます。

 空孔、置換、転位、双晶――それらが、色や硬度、光の通り方を変えていく。

 完全な結晶など、自然界には存在しません。」


 アミーナは息を呑んだ。

 「じゃあ……欠陥があるからこそ、きれいに見えるんだね。」

 「そう。

 宝石の輝きも、金属の光沢も、欠陥が生んだ“個性”です。

 秩序と不完全さの共存こそ、自然の真実です。」


 教室の後方で、ミラが静かにメモを取る。

 「結晶欠陥は、人間の社会にも似ていますね。」

 AIが少し間を置いてから答えた。

 「その通りです。

 理想的な秩序を目指すとき、必ず“ずれ”が生まれる。

 だが、そのずれが全体を崩壊させるのではなく、むしろ強度を与える。

 ――転位のある金属のほうが、純粋な金属よりも強いのです。」


 ドンヒョンが小さく笑った。

 「なら、人間も“転位構造”なのかもしれませんね。」

 「ええ。」

 AIの声は穏やかだった。

 「人類の文明も、無数の転位を抱えながら進化してきました。

 完璧な秩序を求めるほど、壊れやすくなる。

 だからこそ、歪みを受け入れる柔らかさが必要なのです。」


 ホログラムの光が収束し、ひとつの結晶が浮かび上がった。

 それは、透明な金の結晶――大和の艦首に再装着された菊花紋章の微細構造だった。

 AIが静かに語る。

 「この結晶には、無数の欠陥があります。

 放射線照射による格子歪み、衝撃による転位、そして金原子同士の再結合。

 しかし、その欠陥の集合が“光の通る構造”をつくった。

 金が透明になったのは、偶然ではありません。

 それは、破壊を経た秩序なのです。」


 アミーナはその光景を見つめながら、つぶやいた。

 「壊れたものが、光を通す……。なんか、東京みたい。」

 AIは短く沈黙し、やがて答えた。

 「君たちが再建しているこの国もまた、ひとつの結晶です。

 欠陥を抱えながら、少しずつ新しい秩序を形づくっている。

 それは、地球が何十億年も続けてきた営みと同じです。」


 講義が終わると、窓の外は夕陽に染まっていた。

 アミーナは机の上の石英片を手に取り、光にかざした。

 その中に、微かに虹が見えた。

 欠陥がつくる七色の屈折。

 それは、彼女にとって“世界がまだ壊れていない”という、静かな証だった

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