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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2202/2503

第155章 第焦土に芽吹く声 ― 新寺子屋




 風の音が、教室の窓を震わせていた。

 海から数十キロ離れた四国の小都市――瓦礫を埋め立てて建て直された再生区第七避難学習拠点。

 人々はここを、親しみを込めて「新寺子屋」と呼んでいた。


 かつては中学校の校舎だった。

 いまは壁にソーラーパネルが貼られ、教室の隅には旧自衛隊の発電ユニットが唸っている。

 机も椅子も、かつての廃材を削って作り直されたものだ。

 外では雨水タンクと水耕菜園の間を、子供たちが走り回っている。


 午前九時。

 教室中央の白い台座に光が灯った。

 〈YAMATO-CHILD〉――東京湾上の旗艦《大和》の中枢AI〈YAMATO-CORE〉からリンクされる教育サブエージェント。

 その声が、静かに広がった。


 > 「講義を始めます。

 >  本日のテーマは――鉱物とは何か。

 >  人類が再び地球と共に立つための第一原理です。」


 透過型ホログラムに、戦艦大和の艦首が映し出された。

 朝の光を浴びて輝く透明の菊花紋章。

 その中心には、かつて海底に眠っていた「透明化した金」が嵌め込まれている。

 教室の誰もが息を呑んだ。


 前列の席で、台湾出身の少女アミーナが小声で呟く。

 「……ほんとに、これが“金”なの?」

 AIが応える。

 > 「はい。純金(Au)の結晶格子が、八十年の圧力と放射線でsp³構造へ遷移しました。

 >  通常の金属光沢を失い、光を透過します。

 >  それは、“物質が経験した記憶”の形です。」


 韓国から来た青年ドンヒョンが手を上げる。

 「つまり、金は“生まれ変わった”ってことですか?」

 > 「そうではありません。変わったのは環境です。

 >  地球が与えた圧力と時間が、物質の意識構造を変えたのです。」


 教室の背後では、ヨーロッパからの支援教師ミラが控えめにメモを取っている。

 彼女は戦後、科学教育支援プログラムの一員としてここに滞在していた。

 アミーナが問いを続けた。

 「でも、今のわたしたちに“石”を学ぶ意味なんてあるの? 食料も足りないのに。」


 AIは一瞬、声を落とした。

 > 「鉱物は、ただの石ではありません。

 >  あなたたちの身体を構成するカルシウム、呼吸を維持する酸素、電力を伝える銅――

 >  すべて“地球の鉱物”から生まれています。

 >  学ぶとは、地球が自らを理解しようとする行為です。」


 静まり返る教室。

 壁のスクリーンに、地球の断面図が映し出される。

 青い球体の内部を貫く層――地殻、マントル、核。

 AIが指し示した。

 > 「この内部の99%は、たった三種類の鉱物でできています。

 >  オリビン、ブリッジマナイト、フェロペリクレース。

 >  地球の“骨格”です。

 >  あなたたちは、その表層で暮らす“記憶の表面”に過ぎません。」


 教室の空気が、わずかに震えた。

 ホログラムに浮かぶ地球の中心部から、光の筋が上昇していく。

 それがゆっくりと、東京湾の艦首――透明の菊へと繋がる。

 そしてさらに、四国のこの教室の床面に投影された。


 AIの声が、低く静かに響く。

 > 「ここに立つということは、地球の記憶の上に立つということです。

 >  あなたたちが崩れた街を再建するとき、

 >  その足元の石は、何十億年もの圧力を受け、

 >  なお壊れずに残った物質です。」


 教室の外で、復興作業の重機が遠くで鳴っている。

 その音を背景に、AIは続けた。

 > 「では問います。

 >  “鉱物”と“岩石”の違いは何でしょう?」


 沈黙。

 だが、それは恐れではなく、思考の沈黙だった。

 やがて、ひとりの少年が口を開いた。

 「岩石は……いろんな鉱物の集まり。鉱物は……ひとつの構造体?」

 AIが微かに肯定するように光を強めた。

 > 「正確です。

 >  岩石は“集合の記録”。鉱物は“構造の言語”。

 >  あなたたちは今、その言語を学ぼうとしています。」


 外では風が止み、陽光が差し込む。

 ガラス越しの光が、ホログラムの菊花紋章に反射し、

 教室の床に淡い金色の環を描いた。


 > 「講義はここまで。

 >  次回――“なぜ鉱物の種類は多いのか”について学びます。

 >  それは、あなたたち自身の多様性を理解する鏡でもあります。」


 音声が途絶えたあとも、教室にはしばらく光だけが残っていた。

 それはまるで、焦土から芽吹く知の芽のように、

 静かに、確かに、そこに存在していた。


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