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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16

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第140章 AI《灰の書斎 ― 三島由紀夫とヨーゼフ・ゲッベルスの対話》



舞台は**「死後の灰の書斎」**。

灰と静寂、壊れたタイプライター、書籍の山、崩れた鉄条網。

二人は、時間の外で相対する。


序:灰の中の再会


 灰の舞う書斎。

 窓はなく、空気は鉛のように重い。

 書棚には、燃え残った書物と焦げた原稿。

 その中央に、二人の男が向かい合っていた。


 一人は黒い軍服。片足を引きずり、眼光は獣のように鋭い。

 もう一人は純白の和服。静かで、剣のように整った顔。


 ゲッベルスが口を開く。

 声は、炎の中から蘇ったように乾いていた。


「あなたの国も、死を美と呼んだ。

我々もまた、死を政治の完成形と見た。

だが、なぜあなたは敗れ、私もまた滅びたのか?」


 三島は黙って灰を手に取り、掌の上で崩した。


「死の形が違ったのです。

あなたの死は他人の肉体に触れた。

私の死は自分の肉体に触れた。

それが、永遠を分ける境界です。」


一:美の誤用について


 ゲッベルスはかすかに笑う。


「我々は美を武器とした。

映画、行進、旗、均整――

すべては美学の統一による支配だった。

美が大衆を導く。

美が政治の最高形だと、あなたも思うだろう?」


 三島は、静かに首を振る。


「あなたの美は“命令された美”です。

それは服従を飾る装飾。

真の美は、破壊の瞬間にしか現れない。

それは人を支配するためでなく、己を燃やすためにある。」


 ゲッベルスは机を叩く。灰が舞い上がる。


「あなたの“破壊”は自己満足だ!

我々は美を通して民族を統合した。

それは詩の政治、映画の国家だ。

民衆は我々を信じた――それが罪か?」


 三島:


「信じるものを奪ったのが罪です。

美が人を殺したとき、それはもう美ではない。

それは“計算された狂気”です。

あなたは思想を造形したが、魂を削った。」


二:ホロコーストという鏡


 部屋の壁が揺らぎ、鉄条網が浮かび上がる。

 無数の影が列をなし、静かに立っている。

 ゲッベルスの声が震えた。


「彼らは、我々の世界の異物だった。

科学がそう言った。生物学がそう証明した。

だから我々は浄化した。それは秩序のためだ。」


 三島は目を閉じた。


「秩序――その言葉が、いつも最初に人を殺す。

私も秩序を愛した。

だが秩序は神ではない。

それは人の痛みを測るための器だ。

痛みを失った秩序は、地獄と変わらぬ。」


 ゲッベルスは、拳を握る。

 彼の唇は、かすかに笑った。


「だがあなたも国家を愛した。

あなたも『楯の会』を作り、兵を鼓舞した。

あなたも同じ狂気を抱いていたのでは?」


 三島は答えた。


「ええ、私も同じ毒を飲んだ。

だが、私はその毒を自分の血で中和しようとした。

あなたは他人の血で薄めた。

それが違いです。」


三:思想と死の責任


 沈黙。

 遠くで、焼けたピアノの鍵が一つ落ちる音がした。


 ゲッベルスは問いかける。


「死によって思想を清められると思うか?

死ねば、言葉は浄化されると?」


 三島:


「死は、思想の浄化ではなく、責任の取り方です。

生きたままでは、言葉は堕落する。

死によってのみ、言葉は行為と一致する。

あなたは死を恐れた。

自分の死を、国家の中に溶かした。

だから思想が“個”を失った。」


 ゲッベルスは、ふと遠くを見る。

 黒い空の向こうに、ベルリンの炎が揺らいでいる。


「我々は未来を信じていた。

世界を一つの美しい構図にしたかった。

だが、神は私の映画を拒んだ。」


 三島:


「あなたの映画は、神を撮り損ねた。

そこには人間の痛みが映っていなかったからです。

神は痛みの中にしか宿らない。

それが、あなたと私を分けた。」


四:終章 ― 灰の中の沈黙


 二人は黙り込む。

 灰が降り積もり、机の上の二つの影をゆっくりと覆っていく。


 ゲッベルスが呟く。


「もし私が、あなたのように死を自分に向けられたなら、

世界は少しは違っていたか?」


 三島は答えない。

 ただ、短刀の鞘を灰の中に埋める。


「死は、美の終わりではない。

美が自らを赦すための形です。

それを忘れた文明が、再びあなたを呼び戻すでしょう。」


 やがて書斎は崩れ、二人の影は光に溶けた。

 残ったのは、一本の万年筆――

 インクの代わりに、灰と血が詰まっていた。


【後記】


この虚構の対話における構図は以下の通り:


軸ゲッベルス三島由紀夫

美学集団と支配の美個人と滅びの美

死他者への暴力としての死自己への帰結としての死

秩序統制と純化内面と倫理

神国家に置換痛みの内に存続

表現プロパガンダ行為としての芸術


この二人の邂逅は、**「美と死の政治化」**の帰結を問う寓話でもある。

ホロコーストの現実の前で、三島の“自己犠牲の倫理”もまた無力である。

だが、両者の間に走る微かな違い――

「他人を殺すか、自分を殺すか」――

そこに、人間がまだ“倫理”を取り戻す余地がある。


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