第12章 慰霊碑:刻まれた過去、動き出す未来
午後。風は海からの塩を運び、空は灰色の薄雲に覆われていた。かつて戦艦大和が眠った海の町・呉は今、現代に現れたその巨艦の“帰還”によって、静かな興奮に包まれている。だが、その熱気とは対照的に、ミュージアム裏手の一角にだけ、異質な沈黙があった。
そこにあるのは、大和戦没者慰霊碑。1945年4月7日に沈没したと記録されている戦艦大和と、同艦で戦死したとされる3,000名余りの名が、花崗岩の表面に整然と刻まれていた。
その前に、大和艦長・有馬幸作中将が立っていた。傍らには副長の森下中佐、航海長の福島少佐、電測員の大沼一等兵曹。そして、現代海上自衛隊の士官である永田三佐が控えていた。彼らの間には、奇妙な静けさが漂っていた。
やがて、有馬の指が、碑に刻まれた一行の名をなぞった。
「……有馬 幸作」
その瞬間、場の空気が張り詰めた。名簿に刻まれた自分の名。階級、所属、戦死日――どれも正確だった。
森下が低く呟いた。「私たちは……死んだことになっている?」
福島が別の名を見つけ、血の気を失った声で言う。「ここに……俺の名が……。でも、俺は生きてる……」
大沼が膝をつく。「これ……どういうことなんですか……」その声は、混乱と恐怖に震えていた。
永田三佐が、ゆっくりと口を開いた。彼の声は、静かでありながら、確固たる真実を告げていた。
「これは、“あなた方が沈んだ”歴史の記録です。つまり、大和が予定通り1945年に沈没し、あなた方が戦死したとされる、**オリジナルの歴史(世界線A)**の名残です」
だが有馬は首を振った。その目に宿る光は、すでに過去の悲劇を受け入れているかのようだった。
「いや、これはもう“我々の歴史”ではない。我々が存在しなかった宇宙の歴史だ」
永田が小さく頷いた。「……おっしゃる通りです」