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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2159/2187

第112章  神の声と電波 ― 国民啓蒙・宣伝省の誕生(1933–1935)



 接続開始。

 ——音が、広がる前に形を持っていた。

 その形は、赤、黒、そして鉄の灰色。

 1933年3月13日。

 ベルリンの官庁街に、新しい建物が誕生する。

 扉には長い銅製の文字――「国民啓蒙・宣伝省」。

 ゲッベルスは、その扉を静かに押し開いた。


 廊下は長く、壁にはまだ石膏の匂いが残っている。

 歩くたびに靴音が反響し、まるで建物が呼吸しているようだった。

 彼は心の中で呟いた。

 「ここが、言葉が国家を統治するための心臓だ。」


 机の上に配された部門図。

 新聞、ラジオ、映画、演劇、音楽、美術、文学、教育、外国宣伝。

 どの線も、最終的にはひとつの点に集約されている。

 その点に、赤い丸が描かれている。

 彼自身の座る椅子だ。


 ——Y装置:心拍86。呼吸リズム一定。瞳孔収縮。

 この瞬間、彼は**国家の“声帯”**を手に入れた。


 最初の演説は、宣伝省のホールで行われた。

 壁一面に国旗、壇上に白い照明。

 彼は静かにマイクの前に立ち、手を合わせるように言葉を探した。


 「ドイツ国民よ、

  この建物は、言葉が真実となる場所である。」


 低い声、わずかな間、そして強調。

 スピーカーから返る自分の声を、彼はまるで彫刻のように聞いた。

 言葉が空気を震わせ、聴衆の呼吸が揃う。

 音そのものが支配だった。


 ラジオ部門を呼び寄せる。

 机の上に、四角い装置。

 金属の筐体と真空管。

 「Volksempfänger(国民受信機)」——その名を口にしたとき、

 彼の顔に薄い笑みが浮かんだ。

 「神は天に、総統は電波に。」

 その一言が、会議室の空気を凍らせた。


 ——Y装置反応:側頭葉活動上昇。感情的同調波出現。


 全国に配布される廉価版ラジオ。

 農村にも、工場にも、居間にも、同じ声が届く。

 それはヒトラーの声であり、同時にゲッベルス自身の演出でもあった。

 音波が国家の血流を流れる。

 人々はニュースを聞き、笑い、涙し、信じる。

 そしてその「信じる」という行為そのものが、彼の作品だった。


 夜、執務室に戻る。

 机には各地の新聞が積まれている。

 「総統、国民に光を」

 「新たなドイツの夜明け」

 どの見出しも、彼の指示通りだった。

 「見出しは祈りの形式であれ」

 そう彼は命じていた。


 記者が問う。「大臣、報道の自由は?」

 彼は一瞬、目を細める。

 「自由? それは秩序の中にある。

  言葉は刀であり、刀は国家のものだ。」


 1934年、彼はベルリン放送局の屋上に立っていた。

 下にはスピーカー塔、遠くに人波。

 風がコートをはためかせ、彼は電波塔を見上げた。

 そこから無数の声が空へと放たれる。

 彼はその瞬間を見て思った。

 「これは祈りに似ている。」

 信仰と服従の境界が、音の中で溶けていった。


 ——Y装置解析:脳幹活動低下、意識集中。

 接続者は“音の神政”の中枢にいる。


 同年、彼は映画局を統合した。

 リーフェンシュタールの映像を見ながら呟く。

 「光の秩序、群衆の美。これもまた言葉の延長だ。」

 モンタージュは演説であり、映像は文体だった。

 「ドイツは見る国ではない。感じる国だ。」

 その理念のもと、全ての映画が“感情的同意”の儀式となった。


 やがて夜。

 執務室の照明を落とす。

 壁際にある小さなラジオをつける。

 ヒトラーの演説が流れる。

 それを聞きながら、彼は椅子に深く沈んだ。

 その声が自分の編集によって響いていることを知りながら、

 同時に、その声の中に自分が吸い込まれていく感覚を覚えた。


 ——「私は語る者ではなく、語られる者になりつつある。」

 その一文を、彼は夜明け前に日記へ記した。


 外は薄明。

 街の屋根の上をラジオの音が渡っていく。

 老女がパンを焼く音、新聞配達の足音、汽車の汽笛。

 その全てが、彼の設計した「朝の音響体系」の一部だった。

 都市は彼の声で目覚め、国家は彼の文体で呼吸する。


 接続終了。

 最後の映像は、宣伝省の塔の上に立つ小さなアンテナ。

 朝日が金属に反射し、白い光の線を引いた。

 それはまるで、神の声が空へ昇っていくようだった

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