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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2158/2187

第111章 都市を編む者 ― ベルリン・ガウライターと情報の都市化(1927–1933)



 接続開始。

 信号がノイズを越えた瞬間、空気の密度が変わる。

 耳を満たすのは、車輪、サイレン、ラジオ、印刷機、叫び。

 ここはベルリン。

 鉄と声が交錯する巨大な音響箱。

 その中心に、彼——ヨーゼフ・ゲッベルス——が立っていた。


 1927年。

 ヒトラーの指名によって、彼はベルリン管区のガウライターとなる。

 机の上には、地図と赤いピン。

 地区ごとの党員数、新聞配布路線、ラジオ受信圏。

 それらは軍事地図のように整理されていた。


 「都市とは、言葉で統治できる軍隊だ。」

 彼はそう呟く。

 誰も答えない。

 だが窓の外で、街路電車のベルが鳴った。

 それが、返事のように聞こえた。


 ——Y装置記録:皮膚電位上昇、呼吸安定、視覚焦点化。

 彼は今、“都市”という生き物の神経を感じ取っていた。


 昼間、彼は演説の合間に、印刷所を巡る。

 インクの匂い。鉄のローラー。

 「Der Angriff」は日々刷られ、駅売りの少年たちがそれを撒く。

 彼らは命令を知らないが、彼の言葉を拡散する神経繊維だった。

 “都市に血を通わせる”とは、このことだった。


 夕刻、アパートの窓を開ける。

 遠くからラジオの声が聞こえる。

 「我らの運命を、我らの手に!」

 それは彼自身の原稿だった。

 印刷物から電波へ。電波から街へ。

 ベルリンという街が、音声を媒介して彼自身を語り出していた。

 “都市が自分の延長になる”——この感覚に、彼は陶酔していた。


 夜、地下室の集会。

 ランプの光に照らされた群衆。

 労働者、失業者、娼婦、教師。

皆が同じ色の影を落としている。

 「彼らは敵ではない。未だ名前を知らぬ聴衆だ。」

 そう思うと、声が自然に熱を帯びた。


 ——「ベルリンを変えるのではない。ベルリンを“語り直す”のだ。」


 この信念のもと、彼は都市を物語として再構成していった。

 街角の壁にはスローガン、駅構内には標語、映画館の看板、演説のポスター。

 どの視界にも言葉があった。

 「視覚化された信仰」——それが彼の設計思想だった。


 〈Y装置解析:ドーパミン反応軽度上昇。〉

 彼は創造者としての快感を感じていた。


 1930年、選挙戦。

 ベルリンを覆う赤と黒の旗。

 街路での衝突、警察との衝突、血と紙片。

 その混乱の中で、彼は“秩序”を見ていた。

 「暴力は編集できる。ニュースに変換できる。」

 事件は宣伝素材になり、死者は物語の一部となる。

 新聞の見出し、街頭演説、追悼集会——すべてが一つの“構成”だった。


 彼は次第に、現実そのものを編集する癖を身につけていく。

 労働者の怒りは「国家への情熱」へ。

 デモの混乱は「民衆の目覚め」へ。

 そして、彼自身の疲弊は「使命感」へと変換された。


 ——Y装置が警告を出す。思考の興奮域が閾値を超える。

 だが彼は止まらない。


 1932年、選挙前夜。

 街は雪。屋根の上の白が、街灯の光を反射している。

 彼はベルリン南部の講堂で最後の演説を行った。

 杖を足元に置き、両手を広げて言う。

 「この街が我々を拒むなら、我々が街を造り直す!」

 轟音のような拍手。

 人々の声が雪を振るわせる。

 その白の中で、彼の顔は炎のように照らされていた。


 その夜、ホテルの窓から街を見下ろす。

 照明がまだらに灯る。

 「都市は生きている。明日には、我々の言葉で息をする。」

 そう記した日記のページに、インクが滲む。

 その滲みが、まるで血管のように広がっていった。


 ——翌年、1933年。

 ヒトラーが首相に就任。

 ラジオでその知らせを聞いた瞬間、彼は深く息を吸い込んだ。

 勝利の実感ではない。

 「これで、言葉が国家になる」——その確信だった。


 接続終了。

 最後に残った映像は、夜明けのベルリン。

 霧の向こうに、新聞を束ねる男たち。

 手にした紙束の一枚一枚に、彼の言葉が刷られている。

 街そのものが、彼の神経網の一部となっていた。

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