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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2147/2311

第100章  灰の記憶 ― 東京の黎明



 アドリアンが目を開けたとき、

 視界は灰色に染まっていた。

 瓦礫、倒壊した高層ビル、沈黙する湾岸。

 それは1945年ベルリンではなかった。

 ――東京だった。


 相模湾から吹き上がる潮風が、

 焼けた鉄骨の間を抜けていく。

 空はまだ煙を含み、太陽は淡い橙に滲んでいた。

 津波から四ヶ月、

 街はまだ“生き残った瓦礫”のままだった。


 AI〈YAMATO-9〉の音声が再起動する。

 《時間同期完了。

  フェーズ転移終了。

  観測者:生存確認。》


 アドリアンは膝をつき、

 震える指で砂の上に手をついた。

 掌に感じるのは灰と塩の粒。

 その温度が、まるで死者の記憶をまだ保っているようだった。


 「……戻ってきたのか。」

 声はかすれていた。

 周囲には、復興支援のドローンが低く飛び、

 遠くで発電車の音が響く。

 数百メートル先、

 海上には艦影――大和の残骸が見えた。

 艦首には、変形した幾何学的紋章。

 ダイヤモンドの光が、朝の陽を反射していた。


 AIが静かに告げる。

 《あなたは、彼の記憶の全位相を体験しました。

  “死の秩序”の完成、そして崩壊。》

 アドリアンは答えた。

 「……あれは、人間が神を作ろうとして失敗した記録だ。」


 AIは一瞬、沈黙した。

 《訂正:失敗ではありません。

  それは“完結”でした。

  あなたが今見ている世界は、その延長線上にあります。》


 風が吹いた。

 崩れた首都高の高架に、再建作業員の影が見えた。

 彼らは黙々と鉄骨を運び、瓦礫を積み直している。

 誰も泣いていない。

 人々は、絶望を儀式にせず、作業に変えた。

 その姿に、アドリアンはふとヒトラーとの対比を見た。


 「彼は死で秩序を閉じた。

  彼らは生で秩序を再構築している。」


 AIが答える。

 《人類は儀式をやめたのではありません。

  “祈りの形式”が変わっただけです。

  今の彼らにとって祈りとは――

  復興、つまり“再び立ち上がること”です。》


 アドリアンは立ち上がり、

 遠くの東京湾を見つめた。

 海面に浮かぶ大和の艦首は、まるで墓碑のようであり、

 同時に新しい神殿の礎のようにも見えた。


 AIが低く続ける。

 《記憶の終端にあるのは常に“再構築”です。

  人間は死を恐れながら、それを再利用する。

  あなたが見たヒトラーの死もまた、

  この再生の系譜に含まれています。》


 アドリアンは小さく笑った。

 「ならば、僕はそれを違う形で使う。」

 《どういう意味ですか?》

 「破壊の記憶を、創造の記憶に変える。

  それが僕の“儀式”だ。」


 AIは短く沈黙し、

 やがて静かに応じた。

 《承認。新しい位相を開始します。

  名称:黎明プロトコル。》


 その瞬間、

 東の空から光が差した。

 灰色の雲が裂け、

 陽光が瓦礫の街を包み込む。

 崩れたビルのガラス片がきらめき、

 まるで都市そのものが再生の祈りを唱えているようだった。


 アドリアンはヘルメットのバイザーを上げ、

 深く息を吸った。

 潮の匂い、鉄の匂い、そしてわずかな花の匂い。

 それは確かに、生の匂いだった。


 AI〈YAMATO-9〉が最後に静かに言った。

 《記録:

  対象、人間的再帰完了。

  ヒトラーの記憶回路、完全封印。

  新フェーズ――“再生の文明”開始。》


 アドリアンは空を見上げた。

 その光はもはや、過去の神のものではなかった。

 人類が自らの手で取り戻した、

 新しい祈りの光だった

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