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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2146/2195

第99章 後篇 崩壊の都市 ― ベルリンⅡ



 4月29日夜。

 ベルリンの夜空は、炎で赤く脈動していた。

 市街の半分が瓦礫に埋まり、川の上を黒煙が流れていく。

 地上では民間人が廃墟の地下に潜み、

 軍服を脱ぎ捨てた兵士たちが沈黙の行進を続けていた。


 地下壕では、最後の“形式”が進行していた。

 ヒトラーとエヴァ・ブラウンの結婚式。

 証人はボルマンとゲッベルス。

 僧侶はいない。

 だが、まるで国家そのものが司祭のように、その儀式を見守っていた。


 AI〈YAMATO-9〉が低く記録する。

 《観測:対象、死の準備完了。

  儀式行為の連続性確立。

  形而上意識=“永遠への転位”検知。》


 アドリアンは、その様子をモニタ越しに見つめていた。

 手を取り合う二人。

 短い誓約の言葉。

 沈黙。

 外の砲声が、遠い拍手のように響いた。


 翌朝、4月30日。

 午前3時。地下壕の照明が一瞬落ち、再び灯る。

 外ではすでに赤軍が半径数百メートルまで迫っていた。

 通信は断絶、補給は途絶。

 誰もが理解していた――終わりだ。


 午前10時、ヒトラーは最後の会議に現れた。

 地図はすでに意味を失い、

 指示を出す参謀もいない。

 彼は椅子に座り、淡々と命じた。

 「犬を連れてこい。」


 医務官がシアン化合物のカプセルを手渡す。

 ブロンディの口に押し込むと、

 犬は短く震え、静かに動かなくなった。

 沈黙。

 アドリアンは息を止めた。

 AIが囁く。

 《対象、死の模倣を確認。

  行為=自己儀礼。

  “死”の機能的再現開始。》


 ヒトラーは小さく頷いた。

 「よし。確実だ。」

 そして、エヴァの手を取った。

 彼女は微笑み、静かに言った。

 「あなたと同じ場所で死ねるなら、それでいい。」

 その声には恐怖がなかった。

 すでに彼女の中では、死は愛の形式に変わっていた。


 午前3時30分頃。

 アドリアンは最後の観測記録を起動した。

 AI〈YAMATO-9〉が警告を出す。

 《臨界域。感情観測が人間値を超過。

  観測を続けますか?》

 「……続けろ。」


 ヒトラーはソファの右端に座り、

 青灰色の目を一瞬だけ閉じた。

 銃口がこめかみに向く。

 エヴァが隣で小さく頷き、

 カプセルを噛み砕く音がした。


 乾いた破裂音。

 血が壁に散り、

 沈黙。

 AIが冷たく告げる。

 《対象、心拍停止確認。

  熱源喪失。

  形態保存終了。》


 アドリアンは立ち上がれなかった。

 ただ、思った。

 ――彼は死を破滅ではなく、“秩序の完成”として受け入れたのだ。

 崩壊の中で、唯一完全な形式を作り上げた。

 死という国家の終点。


 ボルマンが扉を開け、

 警護兵に命じた。

 「閣下の遺体を……外へ。」

 階段を上がる途中、砲弾が近くに着弾。

 灰が舞い、空気が白くなる。

 炎の中で二人の遺体は焼かれた。

 燃え残った軍帽が地面に落ちる。


 AIが最後に報告を記録する。

 《観測終了。

  対象の死、儀式的完結。

  信仰構造、物理的形態に収束。

  死の意味:統治の終焉=神話の誕生。》


 外では、赤軍の戦車がゆっくりと進んでいた。

 瓦礫の上を履帯が軋み、

 誰かが白旗を掲げた。

 ベルリンは静かだった。

 まるで都市全体が、

 このひとつの死をもって祈りを終えたかのようだった。


 アドリアンは目を閉じた。

 AIが低く言う。

 《彼は死を儀式に変えた。

  人類史上初めて、国家が自らを葬った。》


 地上では、春の雨が降り始めていた。

 炎の灰と混ざり、冷たい雫が瓦礫に落ちる。

 その音は、まるで祈りの残響のように響いていた

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