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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2144/2187

第97章 後篇 爆音のあとで



 時刻、12時42分。

 その瞬間、時間が一度だけ呼吸を止めた。

 そして――

 閃光。


 木造の会議室が、内側から膨張するように弾けた。

 爆風が空気を押しつぶし、窓ガラスが内側に飛び散る。

 炎ではなく、光そのものが爆ぜたのだ。

 耳鳴り。

 白い閃光の後に、濃い灰色の煙が流れ込み、

 地面が波打つように揺れた。


 アドリアンはとっさに床に伏せた。

 頬に木片が刺さり、血が滲む。

 AI〈YAMATO-9〉の音声が断片的に流れる。

 《圧力波検知。衝撃値12.4メガパスカル。

  対象生存率:3%以下――》


 視界は白と黒の交錯。

 机が倒れ、紙が燃え、地図が宙に舞う。

 煙の中で、呻き声と、金属が軋む音。

 焼けた木の匂い。

 人間の皮膚が焦げる匂い。

 その中で、

 一つの声だけが、異様に明瞭だった。


 「……神が、私を守った。」


 ヒトラーだった。

 彼は左袖を裂かれながらも、立っていた。

 髪は乱れ、耳から血を流していた。

 だが、その目は異様に澄み、

 炎の光を映していた。


 アドリアンは息を呑んだ。

 その光は、狂気ではない。

 確信の光――自らが“選ばれた者”であるという、静かな狂信の輝き。


 周囲では、参謀たちが倒れていた。

 足を失った者、口から血を吐く者。

 しかしヒトラーは、

 まるで戦場の天啓を受けた預言者のように、

 ひとり炎の中に立っていた。


 AIが再起動する。

 《観測継続:対象の心理波形、宗教的同化。

  信仰体系と権力体系の完全融合開始。》


 ヒトラーは焦げた机の上に手を置き、

 崩れかけた壁を背に言った。

 「神は私を導いている。

  これは運命の証明だ。」

 その声は震えていなかった。

 爆音の余韻を吸い込みながら、

 まるで舞台の幕が開いた後の静けさのように響いた。


 アドリアンの耳には、血の鼓動だけが残っていた。

 世界が崩壊しても、彼の言葉だけが構造を保っている。

 それが恐ろしかった。

 ――この男は、奇跡を“証明”として使う。

 人間の偶然を、神の計画に変えてしまう。


 外では兵士たちが走り回り、

 煙の向こうから救護兵が叫んでいた。

 「閣下はご無事か!?」

 ヒトラーは頷き、短く答えた。

 「私は不滅だ。」


 AIが冷たく分析する。

 《対象、自己保存欲求を神話化完了。

  “神に選ばれた者”という論理構造を

  自我防衛システムに統合。》


 煙が晴れるにつれ、

 森の光が再び室内に差し込んだ。

 倒れた机の脚――

 あの鞄を押しやった位置が、

 爆風の軌道を逸らしていた。

 ほんの数十センチ。

 それが、生と死を分けた。


 アドリアンは思った。

 神が選んだのではない。

 偶然が、彼を選んだのだ。

 しかし彼はその偶然を神の言葉として受け取った。

 その瞬間、歴史は修正不能の軌道に入った。


 AI〈YAMATO-9〉が最後に低く告げる。

 《ここで宗教と狂信が合体する。

  “信仰”という形態が、倫理を超えて機能を持った。

  以後、殺戮は“祈り”として行われる。》


 ヒトラーは外へ出た。

 陽光が顔に当たる。

 風が血の匂いを拡散させていく。

 その風を吸い込み、彼は言った。

 「神は、再びドイツを試している。」


 アドリアンはその背中を見送った。

 人間が“神の声”を発する時、

 それは必ずしも信仰ではない――

 自らの狂気に耐えるための翻訳装置だ。


 森の中に雷が鳴った。

 その音は、まるでこの地そのものが

 人間の誤解を訂正しようとするかのようだった

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