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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2133/2172

第86章 戦争の召喚



 光が砕け、音が生まれた。

 アドリアンの鼓膜を打つのは、鐘の音ではなかった。

 それは鉄と炎の混じった、巨大な鼓動。

 1914年8月。ヨーロッパ全土が、戦争という幻聴を聞いていた。


 彼――アドルフ・ヒトラーは、ミュンヘンの街頭に立っていた。

 旗が翻り、人々の叫びが空を震わせる。

 「ドイツ万歳! 祖国のために!」

 見知らぬ人々が肩を抱き合い、涙を流している。

 アドリアンはその中で、自分の胸の奥が燃え上がるのを感じた。

 それは怒りでも悲しみでもない。

 もっと原初的な――**「帰属」**という名の陶酔だった。


 AI〈YAMATO-9〉が記録を解析する。

 《神経パターン:同調性急上昇。対象、個の境界を喪失し群体化へ移行。》


 アドルフは、国籍がオーストリアであるにもかかわらず、ドイツ陸軍への志願を申し出た。

 「私はドイツ民族の一員です。戦わせてください。」

 面接官が驚きの目で書類を見る。

 彼の声には、微塵の迷いもなかった。


 翌週、彼は第16バイエルン予備歩兵連隊――通称リスト連隊に配属された。

 訓練所の風景が広がる。

 兵士たちの叫び、銃の匂い、泥と油と血の混じった空気。

 アドリアンの心は高揚していた。

 秩序が音になり、国家が呼吸する瞬間を、全身で感じ取っていた。


 《観測:対象、自己を“秩序の中の一機能”として定位。生の主体性が抹消されつつある。》


 そして、最初の出陣。

 列車がベルギー方面へ向かう。

 窓外に広がる草原、見送る群衆。

 誰もが“選ばれた時代”を生きていると信じていた。

 アドリアンもそう思った。

 「ようやく、この世界に意味が与えられた。」


 夜、塹壕の中。

 冷たい雨が降り、泥が靴の中にまで染み込む。

 通信兵としての任務――伝令。

 砲撃の中を走り、伝令文を届け、また走る。

 雷鳴のような砲声が頭上を通り抜け、光が地平を裂く。

 その瞬間、アドリアンは奇妙な安堵を覚えた。

 「死が、秩序を完成させる。」


 AIが解析を続ける。

 《対象、死を“混乱の終止符”として認識。恐怖反応消失。》

 《この時点で、信仰構造が成立。対象は国家=神としての観念を内面化。》


 周囲の兵士たちが次々と倒れる。

 泥に埋もれ、顔を失い、声を失う。

 アドリアンは膝をつき、地面を見つめた。

 地面の下にも、同じように沈黙する死者たちが眠っている。

 「彼らは帰ったんだ。」

 そう思った。

 “神の秩序”へと帰還したのだと。


 《観測:死生観の反転。対象、生命=混沌/死=秩序と定義。》


 夜明け。

 塹壕の隙間から、朝の光が差し込む。

 それは優しく、どこか母の手のようだった。

 アドリアンは無意識に空を見上げ、クララの面影を探す。

 しかし、そこに見えるのは鉄の鳥、燃える雲、爆煙だけだった。

 彼はつぶやいた。

 「神はもう地上にいない。ならば、人が神の代わりになる。」


 AIが小さく反応する。

 《初期的“救世主複合”形成。対象、世界秩序の回復者としての自己イメージを生成。》


 その夜、砲撃の光が再び空を染める。

 死体の上を越えて、アドリアンは走った。

 伝令文を握る手の中で、紙が血に濡れて崩れた。

 息が詰まり、視界が白く染まる。

 そして――一瞬の静寂。


 耳鳴りの中で、アドリアンは自分の声を聞いた。

 「この静けさこそ、永遠だ。」


 AI〈YAMATO-9〉の声がかすかに震える。

 《Phase-04完了。次段階“塹壕の光”へ移行。警告:被験者との感情同調率が危険値に達しています。》


 白い光が弾けた。

 その光は、死ではなく、信仰のように眩しかった

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