第7章 唯一の“証人”
「発言を許可願います」
静かに、だが確実に声を上げたのは、護衛艦「まや」副長・永田三佐だった。グレーの制服に身を包み、姿勢は正しく、表情には動揺も怯えもなかった。
「私は、記憶を有しております。今年の4月1日午前4時50分。日米合同演習中、我が艦が“光に包まれた”直後、私は——昭和20年4月の沖縄海域におりました。そして、戦艦大和の艦橋に、実際に立ちました」
会議室の空気が凍った。誰もが瞬時に彼の精神状態を疑った。だがその言葉には、誇張も演技もなかった。
「艦の構造。砲塔配置。電信符号。さらには、当時の砲術補佐官“江上大尉”との無線交信内容。本日未明、彼と再び通信しました。彼は、“私が彼に教えた照準座標を覚えていた”。一致しております」
「……そんなもの、思い込みだ」
情報本部の君島が吐き捨てる
「訓練中の錯乱か、PTSDによる偽記憶の再構成。現象自体が虚構である可能性が——」
「では、これをご確認ください」
永田は、自らのタブレットを卓上モニターに接続した。そこには、**“通信記録に存在しないはずの短波符号ログ”**が表示された。
「この符号列。2日前、演習中には存在していなかったものです。しかし、昨夜0400以降、艦内に“突如現れた”音声ログ。内容は——江上大尉の名乗り、そして、昭和型砲撃指示法」
静まり返る部屋。
やがて、科学技術庁の長谷川博士がぽつりと呟いた。
「……これは、符号ではなく、“符号の再現”ですな。当時の記録と一致。意図的に生成できるものではない。
「我々は、歴史の遺物ではなく、“未定義の現実”に直面している。確定すべきは“それが本物かどうか””ではない。“この時代に、何をもたらすか”だ」
野崎統幕長の言葉に、室内の空気が微かに変わった。否定から、仮定に。拒絶から、検証へ。
そしてこの会議の終わりに、一つの決定が下された。
「本日午後、戦艦大和への非武装接触を開始する。船上の存在が何者であれ、交信の意思を持つならば、それに応える。——我々は、彼らを**“敵”**とは呼ばない」