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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2102/2187

第55章  欲望のエンジン:ドーパミンは「期待」である


手品サークル「アルカナム」の会議室。テーブルには、前回議論した外向性・内向性の感度を測るための資料に加え、「ドーパミンの本質」に関する神経科学の論文コピーが並べられている。


課長: 「さて、今回のテーマは、私たちの行動の原動力、すなわち欲望のエンジンであるドーパミンです。この本が私たちに教えるのは、『ドーパミンは快感物質ではない』という、古い定説の否定です。ドーパミンが司るのは、何かを獲得したいという目標指向的な衝動、すなわち**『期待』そのもの。ドーパミンの放出は、私たちが目標に『接近したい』という欲望**を生み出すのです。」


佐藤くん: 「欲望!衝動!それが俺のすべてッス!ラットがレバーを7000回も押す実験、あれは純粋なエネルギーの顕現ッスね!空腹もメスも無視して、脳への刺激だけをひたすら追い求める。この制御不能な熱意こそ、俺のキャラの核ッス!」


伊藤さん: 「その制御不能な衝動を科学的に説明するのが、報酬予測誤差(RPE)理論です。ドーパミン活動は、実際の報酬が得られたときに活性化するのではなく、『予測した報酬と実際に得られた報酬との間のズレ(誤差)』に反応します。これは、脳が未来の報酬の価値を学習するためのシグナルです。RPEは**『報酬 − 予測』というシンプルな数式で表され、この値が大きいほど、ドーパミンが大量に放出され、『この驚きを記憶せよ!』**と神経にメールを送るわけです。」


渡辺さん: (ココアを一口飲みながら)「ビールが一口目は最高に美味しく、二口目で感動が薄れる現象も、このRPEで説明できますね。一口目で得られた高い快感(報酬)によって、脳はすぐに予測値を上方修正します。つまり、二口目を飲むときには、脳はすでにその美味しさを予測済みなので、誤差(RPE)が小さくなり、ドーパミンの放出が減る。これは、私たちがエネルギーを効率的に使うために、学習と修正を絶えず行うという、進化の必然なのです。」


課長: 「その予測の設定値に、キャラの生得的な違いが現れる。外向型(鈍感)は、デフォルトで報酬への予測の設定値が低く設定されている。だから、どんな些細な刺激でも**『おっ、予想以上だ!』となり、RPEが大きくなって大量のドーパミンが分泌される。彼らは常に『強い刺激(報酬)を追い求めよ』**と背中を押される。一方、内向型(敏感)はその逆で、予測値が高く、RPEが小さいから、静かに安定できる。これが、リスク志向性と刺激回避性という、二大パーソナリティの神経科学的基盤です。」


主任: 「課長…俺の内向型は、最初から夢や熱狂の総量が少ない**『地味なキャラ』ってことッスか…しかし、この特性のおかげで、依存症という悲劇的なバグから守られるんスね。薬物やギャンブルが、RPE回路を不正に迂回してドーパミンを大量に放出させ、脳をハイジャックするなんて、倫理的にも費用対効果的にも最悪ッス!俺はこの欲望のエンジンを安全に管理するブレーキ役として、その倫理**を全うするッス!」


高橋さん: 「主任、薬物依存の悲劇は、脳が永続的な変化を起こすところにあるんだ。薬物によって側坐核のニューロンがトゲだらけになり、興奮しやすくなる長期増強(LTP)が起きる。その結果、ほんのわずかな刺激でも激しい快感(監査)を覚えるようになってしまう。これは、『喜びや興奮が徐々に色あせる』という進化のルールから完全に外れた、現代社会の闇だよ。私たちは自然界に存在しない報酬に出会ったことで、遺伝子の最適化に反する行動を強いられているんだ。」


小林さん: 「監査…怖すぎるッス!でも、恋愛も同じドーパミンの罠ッスか?熱に刺されたような恋が4年で終わるっていうヘレン・フィッシャーの説、本当にロマンチックじゃないッス!愛は遺伝的多様性のために賞味期限が設けられてるなんて!」


課長: 「愛の進化論的な役割は、遺伝子のコピーを残すこと。授乳期間が終われば、別の相手との愛着形成に移行するのは合理的でした。ドーパミンが**『誰かを獲得したい』という欲望を生み出し、セロトニン、オキシトシン、そしてバソプレシンといった別の神経伝達物質が『愛着』『安定』という幸福感**を司ります。恋愛の成就は、ドーパミンの衝動が止まり、オキシトシンの安定へと移行する瞬間です。その移行に失敗すると、**別の新しい欲望(不倫など)**を求めてしまう。」


伊藤さん: 「つまり、私たちの手品の設計も、この欲望と愛着のバランスに依存します。新入生に**『予測できない驚き(高いRPE)』を与えて熱狂(ドーパミンの衝動)を生み出す。しかし、その熱狂が制御不能な衝動に繋がらないよう、温かいココアや群れへの貢献というオキシトシン分泌を促す環境を同時に設計しなければなりません。ドーパミンの欲望を、『アルカナムという群れへの愛着』に錯誤帰属させる倫理的な心理操作**です。」


高橋さん: 「そして、繊細さん(HSP)やスーパーテイスターのような過剰な感度を持つ内向型は、和食の繊細さが日本で評価されるように、刺激を避けながらも高度な専門性で社会に貢献できる場所を見つける必要がある。彼らの敏感さは、生存戦略上の強みなのだ。」


課長: 「その通り。この欲望のエンジンが、次のパーソナリティ、楽観的・悲観的という損失系のパーソナリティとどう絡み合うのかを議論しましょう。予測がネガティブに偏るか、ポジティブに偏るか。そして、『女性は神経質』『男性は自殺率が高い』という性の非対称性が、この欲望とどう絡み合うのかを。」

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