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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2100/2187

第53章  レモンの呪術と最適覚醒度


サークル棟の会議室。テーブルには、絞りたてのレモン汁、綿棒、そして糸を結んだ計測用の竹串が用意されている。課長の指示により、メンバー全員がレモンドロップ検査を試した直後だ。


課長: (満足げに綿棒の糸を眺めながら)「レモン汁という原始的な刺激に、生得的な報酬系(欲望のエンジン)がどう反応するか。唾液の分泌量で、私たちのキャラのパラメーター、すなわち外向性・内向性を測る。まさに呪術的な実験でしょう?主任、あなたの綿棒は完全に傾きませんでしたね。」


主任: 「(口元を拭いながら)傾かなかったッス!俺は全然唾液が出なかったッス!つまり、俺は外交的ってことッスか?よかった、俺の神経症傾向は内向的な小心者だと思ってたッス…」


伊藤さん: 「主任、それは少し違います。検査が示しているのは、刺激に対する感度の低さ、すなわち鈍感性です。大脳皮質の活動が、快適な覚醒度に対して興奮が足りない傾向にあるため、それを補おうと強い刺激を求める。それが外交的な行動の根源です。主任は強い刺激を避けたい神経症傾向を持ちながら、生得的には鈍感な外交型という、極めてトレードオフが激しいパーソナリティだと分析できます。」


佐藤くん: 「俺のはめちゃくちゃ傾いたッス!綿棒が折れるかと思ったッス!つまり俺は内向的!ってことは、俺の熱意は過剰な興奮を抑えようとする刺激回避だったってことッスか!?」


高橋さん: 「佐藤くんは敏感なんだね。だから、強い刺激を避けようとする。でも、君は激辛ラーメンやバンジージャンプが好きなんじゃないのかい?」


佐藤くん: 「え…はい!好きッス!でも、終わった後、図書館みたいな落ち着いた空間で全力で静止したくなるッス!あれは過剰な興奮を沈静させようとする、無意識のブレーキだったッスか…!」


課長: 「まさに**『アクセルとブレーキ』の進化論的適用です。交感神経アクセルが活性化して刺激を求め、副交感神経ブレーキが興奮を抑える。この最適覚醒度への調整こそが、私たちの行動パターンを決定している。そして、その極端な例が心拍数の低さと犯罪・成功の相関**です。」


渡辺さん: (ノートのグラフを指差しながら)「心拍数の低い人、すなわち生得的に覚醒度が低い人は、常に不快感を抱え、それを解消するためにリスクを求めます。モーリシャスの事例で、同じ心拍数の低い子どもが、一方は犯罪者に、もう一方はミス・モーリシャスという大きな成功者に分かれた。この二人は、『リスクを求める』という特性を共有している。」


伊藤さん: 「心拍数の低さは、反社会的行動だけでなく、リチャード・ブランソンのような冒険家の起業家的成功にも繋がります。これは、外向性(刺激追求)が目的を実現する可能性を高める反面、エネルギーの消耗や犯罪というリスクも高めるというトレードオフです。常に良いものとは限らない。」


主任: 「(再び不安になり)犯罪者とブランソンが同じパーソナリティの軸上にいるなんて…怖すぎるッス!俺は内向的でいたい!リスク回避こそ、公務員の俺の堅実性に合ってるッス!でも、周りは**『外交的だと成功する』**って言ってくるッス…」


小林さん: 「それ、まさにサバイバルバイアスッスよ!『成功した少数の外向的な人』にだけ注目して、『失敗した膨大な数の外向的な人』を無視する認知の歪み!まるで宝くじの当選者だけ見て、『買えば大金持ちになれる』って思うのと同じッス!」


高橋さん: 「小林さんの言う通りだ。そして、近年は内向型の方が有利な専門職(研究者、エンジニア)の価値が上がっている。アメリカのアジア系の学生が内向的でも、年収の平均が高いというデータがそれを証明している。敏感な内向型は、クライアントの表情を精密に察知できるから、カウンセラーやコンサルタントとしても成功できる。」


渡辺さん: 「(小林さんを見ながら)アジア系の成功は、文化的な要因だけでなく、刺激を避けるという行動が学習や集中力を高めることと結びついています。ただ、誰もが極端な外交型や内向型ではありません。この本が指摘する通り、ほとんどの人はベルカーブの平均、つまり偏差値40から60の間に収まる**『普通』**です。極端なパーソナリティに囚われる必要はない。」


課長: 「その通り。私たちは、誰もが『普通』と『目立つ』の境界線上で、無意識のメッセージを発信し続けている。そして、この生得的なキャラのパラメーターは、容易には変わらない。次の章では、このパラメーターの組み合わせが、いかに世界を変えた(ケンブリッジ・アナリティカ)のか、そしてキャラと舞台(社会)が合わないときに生じる深刻な問題**について議論しましょう。」


主任は、自分が「鈍感な外交型」でありながら「神経質な中間管理職」という矛盾したキャラ**を演じていることに気づき、心拍数が少し上がったような気がして、そっと自分の手首に触れた。

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