第6章:統合危機対処評価会議
2025年4月1日 午前6時35分 防衛省・市ヶ谷庁舎 地下第3会議室(通称「静脈会議室」)
蛍光灯の白い光が、無機質なコンクリートの壁に鈍く反射している。長机の上には、通信傍受記録、海自艦隊配置図、そして“それ”の衛星写真が広げられていた。
「本件は、厳密には“未確認国家勢力による領海侵犯”の扱いで開始されております」
冷たい声で報告したのは、防衛政策局長・白鳥美雪。50代前半、元内閣法制局出身。眼鏡越しの視線が鋭かった。
「確認された艦影は、旧日本帝国海軍・戦艦“大和”と設計的に一致。しかしながら、当該艦艇は1945年4月、沖縄沖にて轟沈済。よって、現存の事実は……常識的に考えれば、あり得ない」
「“常識”が通用しない事態だから、ここにいるんだろう」
低く唸るように言ったのは、統合幕僚長・野崎一将。陸自出身の叩き上げだ。モニターに映る大和の姿をじっと見ながら、手元の端末を閉じた。
「では逆に問おう。あの艦が**“そこにいる”**という事実について、どう説明する?」
「偽装艦。おそらく中国の情報戦。あるいは米軍の極秘技術による欺瞞訓練」
そう断言したのは、情報本部第2部長・君島慎介。旧海軍系防衛大出身。何事にも“敵性論”を基調とする。
「映像は本物だ。しかし中身は偽物。船体構造だけ旧式に似せ、内装や推進系は新型。その目的は——日本の指揮系統の混乱。まさに、今ここで起きている事態そのものだ」
沈黙が走る。誰もが、あの“艦影”を説明できずにいた。だが、それは確かに存在し、レーダーと赤外線とソナーと、そして人間の目に映っている。