表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2095/2267

第48章  感情の原型と報酬システム


会議は、伊藤さんが示した「無意識の動揺を快に錯誤帰属させる」というテーマからスタートした。テーブルの上には、温かいココア、冷水が入ったコップ、そして高橋さんの煎餅が並んでいる。


伊藤さん: 「人間の行動の根源は、恒常性ホメオスタシスの維持、つまりエネルギー管理です。生物は、快(報酬)の方向へ進み、不快(損失)を避けるために進化しました。そして、このエネルギー管理を効率化するために生まれたのが感情です。私たちは、新入生の無意識を、『不快+覚醒(動転・動揺)』の状態から、『快+覚醒(興奮・高揚)』**の状態へ、強制的にシフトさせます。」


主任: 「動転から興奮…って、情緒不安定なジェットコースターッスか!無意識にそんな負荷をかけたら、**フリーズ(副交感神経による効率停止)して、マジックどころじゃないッスよ!予算的にも、恒常性を維持したいッス!」


課長: 「フリーズこそ、第六感の証です、主任。夜道で何かの気配を感じて立ち止まるように、佐藤くんの**『猫の静止術』による微細なズレは、新入生の無意識に生存への脅威を錯覚させる。この動揺を『サークルへの愛』に帰属させるには、報酬システムを即座に起動させる必要がある。」


佐藤くん: (壁に向かって猫の静止術の練習をしながら)「脅威!俺の静止術は、捕食者の気配ッスね!脅威を感じたら、動物はアクセル(交感神経)を踏むか、ブレーキ(副交感神経)を踏むか。俺の動きで、新入生のエネルギー管理プログラムを暴走させるッス!」


高橋さん: (煎餅を食べる)「アクセルとブレーキ。交感神経と副交感神経だね。生物の基本だ。でも、嗅覚を使って自分の子や親の匂いに快を感じるように、無意識はカテゴリーを拡張したがる。食べ物と親子関係は別でも、『良い感じ』という一つの集合にまとめる。私たちの『不快なズレ』も、『良い感じのサークル』に簡単にまとめられるはずだよ。」


渡辺さん: (ココアのカップを手に取り、温度を確かめる)「温かいココアがその拡張された快のスイッチです。前章のホットコーヒーの錯誤帰属実験と同じ原理。新入生が微細なズレを感じた直後、ココアによる皮膚の温かさの刺激を与える。無意識は、『微細なズレ(不快)』と『温かさ(快)』が同時に起きたことで混乱し、動揺(不快)を温かさ(快)に錯誤帰属させます。その結果、動揺は『このサークルで感じた、新しい知識への興奮』という物語に変換されます。」


小林さん: 「カワイイ!温かさは愛ってことッスね!じゃあ、ココアじゃなくて、カワイイ猫型のチョコとかでもいいんじゃないッスか?甘い言葉は愛のささやきと同じで、甘いチョコは愛の証ッス!」


伊藤さん: 「小林さんの提案は、感情の原型でいうと『快+平常(満足・喜び)』に留まってしまいます。我々が引き起こしたいのは、もっと強力な『快+覚醒(興奮・高揚)』です。脳内で言語と感覚が同期する必要がある。つまり、温かさ(皮膚感覚)と愛のささやき(言語刺激)を同時に与えることで、脳の核にある感情関連部位を強制的に活性化**させるのです。」


主任: 「(予算を計算し、鉛筆が折れる音)温かいココア…100人分の予算、痛いッス!さらに個別メッセージのささやき!これ、完全に高度な社会化された動物へのアプローチッスね!チンパンジーや犬には効かないマジックッス!」


課長: 「チンパンジーではなく、アリに近い高度な社会性を持つ人間だからこそ効くんです。主任、私たちは群れの中で生存に有利な評判を獲得するために感情を持っている。新入生は、このサークルに入れば『賢い群れ』の一員になれるという報酬(快)が必要なんです。では、ギミックの詳細です。伊藤さん、感情の6つの原型で、私たちのマジックを分解してください。」


伊藤さん: 「承知しました。マジックは3段階で進行します。


導入・平常: 新入生はリラックスした状態(快+平常)。佐藤くんが簡単な手品で**パターン(規則性)**を学習させます。


パターン破壊: 佐藤くんの『猫の静止術』により微細なズレが発生。新入生は、不快(予期せぬズレ)と覚醒(第六感の警報)が合わさった動転・動揺(不快+覚醒)の状態に陥る。


錯誤帰属・回収: 動転した瞬間に、渡辺さんの温かいココアと、私と課長の個別ささやき(愛の言葉)という快の刺激を投入。情動の錯誤帰属が起こり、動揺が**興奮・高揚(快+覚醒)に上書きされます。この興奮を『サークルの魅力』**に自己正当化させるのです。」


渡辺さん: (温かいココアを主任に差し出す)「自己正当化は、左脳の役割です。私たちは、新入生の左脳にストーリーを与える必要があります。ココアの温かさによる安心感は、不快なズレを『賢いサークルの入団テストだった』という合理的な物語に変換させるためのトリガーとなります。」


佐藤くん: 「賢い入団テスト!俺、そのテストを体現するッス!筋力も共感力も、全ては生存と生殖に最適化されているッス!俺は、新入生に健康な雄の熱意を帰属させるッス!」


小林さん: 「じゃあ、私は最終段階の視覚的報酬を担うッス!イリュージョン後に、カワイイ装飾の部屋に移動させる!この『経験への開放性(新規制)』を刺激する視覚的な報酬で、新入生の無意識に『ここは面白い場所だ』と刷り込むッス!」


高橋さん: 「(高橋さんの手作りの煎餅は、温かくて甘じょっぱい)これは、最小限のことで最大の快を効率よく得るための知恵だね。小林さんの視覚的報酬も、煎餅の甘じょっぱさも、全ては恒常性の維持という大きなプログラムの一部なんだ。」


課長: 「(満足げに)完璧です。新入生が『なぜこのサークルに入ったか』と問われたとき、『よくわからないけど、なんだか興奮して、とても安心できたから』と、感覚と言葉のズレた理由を語るでしょう。そして、その『なんだか』こそが、私たちのマジックの成功です。主任、微細な調整、頼みましたよ。」


主任: (ココアを一口飲み、少し落ち着きを取り戻す)「…わかりましたッス。この温かさを、俺は左脳の合理性ではなく、報酬として受け取ったッス…。俺は、この不快から快へのシフトを、予算の範囲内で実現するッス!ただし、6つの感情の原型でいうところの『不快+鎮静(無気力・落ち込み)』には、絶対に戻らないッス!」


会議は、無意識の報酬システムを操るという、新たなフェーズへと進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ