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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2092/2187

第45章 ギミックとキャラの選定


前回会議で決定した「集団的・個別体験型・記憶の保存」をコンセプトとするイリュージョンの実現に向けて、会議はさらに深く、心理学と倫理の狭間に踏み込んでいく。

主任: (配布された低周波音発生装置のカタログと、冷風発生機の見積書を見て、震える)「課長!伊藤さん!この低周波音と冷風を組み合わせたギミック、あまりにも負荷が大きすぎるッス!高所恐怖症VRで失神者が出たように、新入生を錯乱させる危険性があるッス!我々はマジックサークルッスよ!心理兵器開発サークルへの改名も視野に入れないと、倫理的にマズイッス!」


課長: (机に広げられた脳波測定装置のパンフレットを指でトントンと叩く)「主任。人間の無意識、つまり魂に触れようとする時、倫理の壁は必ず立ち塞がります。心理実験の歴史を見てごらんなさい。マシュマロテストもスタンフォード監獄実験も、後に再現性の問題や倫理的な議論が噴出したでしょう?私たちは、科学的真実を鵜呑みにしません。あえて、再現性に疑問符がつく、曖昧で不確かな領域。意識がコントロールを失うグレーゾーンを攻めるんです。」


伊藤さん: 「課長の言う通り、安全性の確保は前提です。低周波音と冷風は、あくまで平衡感覚への瞬間的な干渉を目的とします。継続的な負荷は与えません。我々の計画は、VRアトラクションと異なり、新入生が『地面がある』と意識では知っている状態で行われます。我々が実験を通して確認すべきは、この刺激が『落下』ではなく、『浮遊』というポジティブな興奮に帰属されるか否か、その一点です。」


渡辺さん: (静かに)「『落下』と『浮遊』。ネガティブな感情をポジティブなものに錯誤帰属させるには、外部からの強力な補正が必要です。それが温かいココアと、猫耳サクラ役による愛のささやきです。パーソナリティの8つの要素のうち、特に神経症傾向(不安や恐怖を感じやすい特性)の高い新入生ほど、この補正による安心感に強く反応し、サークルへの帰属意識を高めるでしょう。」


佐藤くん: (腕立て伏せをしながら)「神経症傾向!不安や恐怖!俺、その不安を吹き飛ばすッス!冷風機よりも俺の熱い息の方が、無意識に届くんじゃないッスか!?」


主任:「佐藤くん、頼むから会議に参加してくれッス!汗と熱意は、予算には計上できないッス!…しかし、神経症傾向か…。渡辺さん、その『8つの要素』ってやつで、猫耳サクラ役の適任者を割り出せないッスか?誰でもいいわけじゃないッスよね?」


課長:「そう、主任。適任者こそが鍵です。このサクラ役は、新入生の無意識に『私は孤独ではない、私は愛されている』という物語を刷り込む、物語の語り部です。脳は、誰もが『人生という物語の主人公』だと錯覚しています。サクラ役は、その主人公に救いの手を差し伸べる、最も重要な登場人物にならなければならない。」


伊藤さん: 「パーソナリティ心理学に基づけば、サクラ役は『協調性』と『外向性』が非常に高く、同時に『誠実性』も必要です。高すぎる『経験への開放性』は、不測の事態でアドリブを利かせすぎて、企画を破綻させる危険があります。具体的には、新入生がドキドキした感情を『愛のときめき』に誤帰属させるために、魅力的かつ安心感を与える人物である必要があります。吊り橋効果を確実に発動させるわけです。」


小林さん: 「魅力と安心感!それ、私ッス!」(胸を張る)「私、カワイイは正義だと思ってるんで、猫耳もホットココアも完璧ッス!私なら、新入生にふわふわでキラキラな宇宙を約束できるッスよ!」


高橋さん: (煎餅の袋をガサゴソと探りながら)「小林さんは、外向性は満たしているけど、協調性が少し低すぎて、愛のささやきがプロパガンダになりそうだね。むしろ、猫耳の代わりに着ぐるみを着て、言葉ではなく温かいハグで安心感を帰属させた方が、無意識には効果的なんじゃない?ハグと温かさの錯誤帰属。」


主任:「(愕然)高橋さん!着ぐるみは予算に入ってないッス!ハグはいいッスけど、着ぐるみはダメッス!…しかし、高橋さんの言う通り、小林さんの勢いは、逆に新入生を引かせるかもしれないッス。」


課長:「着ぐるみは、物語の主人公である新入生の想像力を奪います。却下です。サクラ役の選定は、慎重に行わなければならない。…渡辺さん。あなたがサクラ役を務めるのはどうですか?あなたの静かな存在感こそが、錯乱寸前の無意識にとって、絶対的な安全の象徴になるのではないですか?」


渡辺さん: 「(淡々と)私の『外向性』は低すぎます。愛のささやきは、無言の恐怖に帰属される可能性が高い。私は、サクラ役の行動アルゴリズムを作成します。新入生の**いいね!**の傾向を分析し、個別の言葉を生成する。この作業は、ケンブリッジ・アナリティカのプロファイリング技術に通じるものがあります。」


主任:「いいね!からその人の性格がわかるなんて、そんな魔法みたいなことが本当に…!?」


伊藤さん: 「主任、それは誇大妄想ではありません。ビッグファイブ理論を応用したアルゴリズムは、Facebookの『いいね!』の履歴から、人種や性的嗜好、政治的立場までも高精度で予測できることが示されています。つまり、新入生のSNSのデータがあれば、『神経症傾向』が高い人物には『君は一人じゃない』と、不安を解消する言葉を。逆に『経験への開放性』が高い人物には『君にしか見えない秘密がある』と、好奇心を刺激する言葉を与えることで、錯誤帰属をより強固にできます。」


課長:「無意識は、個別の物語を渇望している。伊藤さん、そのアルゴリズム開発を。主任、あなたの役割は、冷風機の風量を新入生それぞれの『神経症傾向スコア』に合わせて0.1%単位で調整する、デリケートな作業です。これが、あなたの『誠実性』に課せられた試練です。」


主任:「(自分のパーソナリティ特性を持ち出され、観念したように)…0.1%調整なんて、まるで精密機械技師ッスね…。わかりました。俺は、無意識を操る技師として、この予算を消化するッス!」


小林さん: 「じゃあ、私は猫耳サクラ役のオーディションの準備をします!カワイイは個性!個性は8つの要素!個性の光る新入生を釣り上げるッス!」


高橋さん:「そうだね。オーディションの審査基準は、美味しそうな笑顔だね。美味しい笑顔は、無意識に安心感を帰属させるから。次回の会議には、疲労回復効果のあるお菓子を持ってくるよ。」

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