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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2090/2307

第43章 無からの全員浮遊計画


会議室には、相変わらず埃と緊張感が漂っている。サークル棟の古びたテーブルを囲むのは、手品サークル「アルカナム」の個性豊かな面々だ。前回、課長が出した「新入生を全員、空中にふわっと浮かせる」という突飛な企画の実現可能性について、重い空気が流れていた。


主任: (額に青筋を立てながら、企画書と睨み合う)「いいッスか、課長!前回の会議から二日経ちましたが、冷静に考えても全員浮遊なんて無理ッスよ!物理の授業を受けていたのは俺だけッスか?この企画書、費用の見積もり欄が『無』になってるッスよ!無からのスタートは勘弁してほしいッス!」


課長: (主任の焦燥を楽しむように、手に持ったティーカップをゆっくりと回す。中身は水だ。)「主任。無とは、すなわち無限の可能性です。私たちが『無』から生み出すのは、金銭的価値じゃない。記憶の欠落ですよ。この世界に存在しないはずの現象を目の当たりにした時、人は己の感覚を疑う。その一瞬の空白こそが、我々のマジックの極北なんです。」


佐藤くん: (企画書など見ておらず、壁に向かって直立不動。汗だく。)「くっ……浮け……浮くッス!俺の精神力なら、今、会議室の床から5ミリは浮いているはずッス!」


伊藤さん: (佐藤くんを一瞥し、冷静に主任に語りかける)「主任。佐藤くんの精神論はひとまず無視して。現実的に、『全員浮遊』という現象を錯覚で実現する可能性は2.8%です。大講堂の天井高、照明、観客の座席配置、これらをすべてデジタルモデリングにかけてシミュレーションしましたが、死角を完全に排除することはできません。どこか一箇所でも種を見破られれば、サークルの信用度はゼロになります。」


主任:「伊藤さんの冷静な分析が、逆に俺の心臓を凍らせるッス!2.8%なんて、もはや誤差の範疇じゃないッスか!」


課長:「誤差?主任。誤差こそが、神の遊び場ですよ。完璧な世界なんて、つまらない。2.8%の隙間に、私たちは永遠の謎を仕込むんです。」

(その時、会議室の隅、壁と一体化しているかのように静かに座っていた渡辺さんが、口を開いた。彼女は手に持った鉛筆で、ノートにひたすら「○」を描き続けている。)


渡辺さん:「全員浮遊、は、非効率です。ターゲットは新入生。一人でも、強烈な体験をした方が、口コミ効果は高い。集団ではなく、個です。」


主任:「渡辺さんが喋った!久々に建設的な意見ッス!そうッスよ、課長!ピンポイントでいくべきッス!例えば、課長が消えるとか!」


課長:「(微笑んで)私の消失は、このサークルの終わりを意味しますよ、主任。渡辺さんの言う『個』。いいですね。一人の新入生に、宇宙を見せるのはどうでしょう?」


小林さん: (これまで会議の緊張感に耐えかねて、スマホで可愛い猫の動画を見ていたが、急に立ち上がる。)「宇宙!いいですね!あの、宇宙って言ったら、猫が宇宙遊泳してるんですよ!ほら!」(スマホ画面を主任に見せようとする。)「あの、ふわふわでキラキラな感じ!手品で、あのかわいい宇宙のふわふわ感を再現できたら、みんな絶対入るよ!カワイイは正義!」


主任:「(猫の動画から顔を背け)小林さん、カワイイは予算じゃないッス!ふわふわ感の再現方法を具体的に!あと、渡辺さん、渡辺さんはなぜずっと丸を描き続けているんスか?」


渡辺さん:「これは、無の記録です。課長が無をテーマにすると言ったから。描いても描いても、この紙には何も残らない。それが無です。」


伊藤さん:「(キーボードを叩くのを止め)渡辺さんの視点は、マジックの本質を突いています。新入生は『種明かし』を求めています。しかし、種明かしがないとき、彼らは無を認識する。その認識のズレが、サークルへの興味に繋がる可能性はあります。ただし、猫を宇宙遊泳させる場合、光とプロジェクションマッピング、そしてエアフローの制御が必要で、予算は概算で50万…」


高橋さん: (口をもぐもぐさせながら、テーブルに並べられた源氏パイの最後のひとかけらを掴む。会議の内容にはほとんど参加していない。)「ねえ、無とか、宇宙とか、そういう話、お煎餅一枚にも通じるよね。この源氏パイ、もうない。無。だけど、食べた記憶は永遠に心に残る。手品って、結局、記憶の保存技術じゃない?」


主任:「高橋さん!それはただの食いしん坊の哲学ッス!企画に関係ないッスよ!」


課長:「いや、高橋さん。そう、それです。記憶の保存技術。主任、聞いてください。全員浮遊のテーマは、無から記憶を創造する、です。渡辺さんが言うように、ターゲットは個。しかし、伊藤さんの言うように、全員の記憶に働きかける必要があります。私たちは、全員が『一瞬、自分だけが浮いた』と錯覚するようなショーを行う。つまり、集団的・個別体験型・記憶の保存をコンセプトにします。」


佐藤くん:「俺、その『一瞬だけ浮く』錯覚のために、毎日全力でジャンプして、浮遊感を体に覚え込ませますッス!それが、俺のマジックッス!」


主任:「(両手で顔を覆い、呻く)…全員が一瞬だけ浮いたと錯覚…それ、予算は無限大になるパターンッスよ!しかも、佐藤くんの筋力で錯覚が生まれるなら、もう誰も苦労しないッス!」


渡辺さん:「(静かに丸を描きながら)浮いた、と感じさせる。物理現象ではなく、感情の帰属。つまり、錯覚の錯誤帰属を利用するということです。」


伊藤さん:「(ノートPCを見ながら)渡辺さんの言う通りです。心理学的なアプローチに絞れば、予算は大幅に削減できます。視覚、聴覚、触覚への強力な刺激を短時間に集中させ、その後の感情を『浮遊感』に誤帰属させる。具体的な技術的課題は、瞬間的な光と音の制御、そして体幹の平衡感覚への干渉です。これは、実現可能性が50%を超えます。」


課長:「さすが、伊藤さん。50%で充分です。私たち、アルカナムが求めるのは、奇跡であり、科学的裏付けじゃない。佐藤くん、君の熱意は体幹への干渉に使います。今日から君の役割は巨大な扇風機です。主任、音響と照明の予算を組んでください。高橋さん、次は源氏パイではない、記憶に残るお菓子を持ってきてくださいね。」


高橋さん:「(満足げに頷く)記憶に残るお菓子…ね。宇宙の果ての味がするお菓子を探してみるよ。そのお菓子が、この企画の無意識に働きかけるかもしれない。」


小林さん:「私、そのお菓子に猫のシールを貼ります!記憶に残るには、絶対カワイイ要素が必要ですよ!」


主任:「(膝から崩れ落ちそうになりながら)…全員浮遊が感情の誤帰属に変わっただけッス。俺はもう、魔法使いじゃなくて照明技師兼経理担当ッス…。」

課長は満足げに腕を組み、窓の外の空を見上げた。その瞳には、すでに宙に浮かび、困惑の表情を浮かべる新入生の群れが見えているようだった。


渡辺さん:「(会議終了後、静かに立ち上がり)次回の議題は、錯覚の持続時間。と、扇風機の型番です。」

(佐藤くんは、ひたすら壁に向かって、空中でバランスを取る練習を続けている。)

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