第41章 『女性はなぜエクスタシーで叫ぶのか?
課長が「みんな、第9章よ!この本、いよいよクライマックスって感じね!」と、トランプの束を力強く振って言った。その声には、未知の真実への期待が満ちている。
渡辺さんは、静かに本を開き、いつものように淡々と話し始めた。「第9章のテーマは、『女性はなぜエクスタシーで叫ぶのか?』です。この章では、進化心理学の通説を覆す、『乱婚説』**が提示されています」。
小林さんは、花のマジックの練習で失敗し、散らばった花びらを拾いながら、「え、乱婚…ですか?なんか、すごくショックです…。私たちが当たり前だと思っている、運命の出会いとか、一途な愛とか…そういうロマンチックなことが、全部嘘だったみたいで…。私、ちょっと信じたくないです…」と、悲しそうな顔で言った。
高橋さんは、冷静に言った。「たしかに、私たちの社会は一夫一妻制が当たり前だもの。でも、この本のことだから、何か科学的な根拠があるんでしょうね。感情的に反発するだけでは、何も解決しないわ」。
「その通りです」と、渡辺さんは続けた。「著者は、従来の進化論がヒトの性行動を一夫一妻制や一夫多妻制に当てはめてきたことに異を唱えています。そして、ヒトの祖先は、遺伝的に最も近いボノボのように、複数の男性と女性が交尾する乱婚的な性行動をとっていた、と主張しています」。
主任は、佐藤くんにマジックを教えながら、「でも、人間には『愛』とか『貞操』とか、そういうものがあるじゃないですか。それは、どう説明するんですか?本能だけで全部決まっちゃうなんて…」と尋ねた。
伊藤さんが、静かに解説を始めた。「この本は、男性器の形状から乱婚説を裏付けています。ヒトのペニスは、他の霊長類よりも長く太く、先端に特徴的な『亀頭』を持つ。これは、乱婚社会において、膣内に溜まった他の男性の精液をかき出して、自分の精子を注入するために最適化されている、と説明されています。これを『精子競争』と呼びます」。
小林さんは、顔を真っ赤にして、散らばった花びらを隠すように顔を伏せた。
「さらに、この章の最大のテーマである、『なぜ女性はエクスタシーで叫ぶのか?』という謎についても、乱婚説で鮮やかに解き明かしています」と、渡辺さんは言った。「もしヒトの本性が一夫一妻であれば、性交中に声を上げることは、肉食獣に居場所を知らせてしまう危険な行為であり、進化的なメリットはありません。しかし、乱婚社会では、女性が声を上げることで、他の男性を興奮させて呼び寄せ、複数の男性と性交する機会を増やし、より優れた遺伝子を持つ子孫を残すことができた、と」。
「えっ…!じゃあ、女性は、無意識のうちに『もっといい遺伝子を!』って叫んでるってことですか!?」と、佐藤くんは言葉を失った。
高橋さん:「うーん…、なんか、すごく不愉快だけど、言われてみれば納得してしまう部分もあるわね。愛情や貞操観念は、進化の末に獲得した理性や文化の産物なのかもしれないわ」。
渡辺さん:「そうです。著者は、人類が農耕社会に移行して初めて、土地や財産、そして子孫の『所有』という概念が生まれ、それにより、婚姻形態が一夫一妻制へと変化したと主張しています。つまり、私たちが当たり前だと思っている『貞操観念』や『純愛』といったものは、実は農耕社会以降に生まれた、ごく最近の文化的な産物だ、と」。
課長は、トランプをシャッフルする手を止め、真剣な表情で言った。「なるほどね…。つまり、この本は、私たちが当たり前だと思っている『愛』や『結婚』の裏には、もっと原始的で残酷な『生存戦略』があったってことを教えてくれているのね。まるで、みんなを笑顔にする手品の裏側に、複雑で緻密な『トリック』があるのと同じだわ!」。
主任:「そうですね。僕は、この本を読んで、手品を通して、もっと奥深い人間関係を表現できるようになりたいと思いました。単純な『魔法』ではなく、人の心の中にある、複雑で、時には矛盾した感情を、どう表現するか…それが、これからの僕のテーマになりそうです」。
課長は、トランプを高く積み上げながら、笑顔で言った。「そうね!もしこの話が本当なら、私たちの手品サークルも、もっと面白くなるわよ!だって、みんなの心を掴むためには、相手がどんな『ゲーム』を求めているのか、深く理解することが大事なんだから!」。
サークルメンバーたちは、この過激なテーマをそれぞれが消化し、自分たちの関係性や手品に新たな視点を見出していた。渡辺さんは、そんな彼らの様子を静かに見つめながら、再び本に目を落とした。