表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン2
208/2172

第5章 声は、時を越えて



■ 2025年4月1日 午前5時12分 那覇沖


護衛艦「まや」CIC(戦闘指揮所)


CICの艦内無線に、微弱ながら明瞭な短波音声が割り込んできた。

バーストノイズとともに、“異常な形式”の呼びかけが流れる。


「……こちら、帝国海軍 戦艦大和 艦橋。

応答を求む。貴艦の艦名および所属部隊を、繰り返す——」


オペレーターが振り返った。

「副長……これは、訓練通信とは違います」


副長・永田三佐は、沈黙のまま、ヘッドセットを手に取った。

その声を、彼は知っていた。


胸の奥が震えた。

あの夜、大和の艦橋で交わした、短い戦術連携。

地図も照準も使えない中で、声だけを頼りに共に戦った、“もうひとつの戦場の戦友”の声だった。


「……こちら、海上自衛隊 護衛艦『まや』。副長、永田三佐。

受信、確認。お前たちは……戻ってきたのか」


「副長殿か……やはり……そうか……」


一瞬、ノイズが走った。

その向こうで、男の声が、わずかに震えた。


「……我々は、昭和の沖縄から貴艦と共に戦った。

あの夜の海を、同じ砲火の下で。

……私は、砲術補佐の江上だ。副長殿の声、間違えようがない」


永田は、胸が締めつけられるのを感じた。

証拠はない。だが、それは確かに彼だった。


「江上大尉……今のこの世界では、あなたはもう80年前の人間のはずだ。

だが、あなたの艦がここにある。

そして今、私たちは……同じ海にいる」


「副長殿。——我々は、この艦と共に“戻ってきた”のです。

それは“誰にも信じられぬ記憶”かもしれん。だが、我々にはわかる。

貴官と共に交わした、あの夜の交信の内容を、私は——」


「……“北緯26度17分、東経127度40分、敵輸送艦群、右舷前方3,000ヤード。

主砲発射準備、照準援護を要請”……そう言った。あなたは。あの夜の0300に」


CICが静まり返った。

誰も、その交信に口を挟めなかった。

記録にも、演習データにも、そんな交信ログは残っていない。

だが、二人だけが**“同じ記憶”を共有していた。**


■ 同時刻:戦艦大和 艦橋


江上大尉は、艦橋の隅で、マイクを握りしめていた。

隣では、有馬艦長がただ無言で立っていた。

視線は前方の護衛艦群に向いたまま。


「……艦長殿。やはり、彼らは——」


有馬は小さく頷いた。


「彼らは未来の兵だ。そして、我々の“同士”だ。

記憶だけで戦った、かつての我々が、いままた、時を越えて互いを呼び戻したのだろう」


江上は微笑んだ。


「副長殿。……ご存じでしたか?

あの4ヶ月の間、私はずっと、貴艦の整備科のあの女三尉と議論してました。

’機関配管の共振を抑えるには吸振材を……’と、笑ってたんですよ」


永田が苦笑した。


「それ、斎藤です。あいつ、今もここにいます。

あなたが教えた“共振吸収式冷却配管”、覚えてるって言ってましたよ。

“あの人の目、戦時中の人間の目だった”って」


しばし、通信が止まった。


風の音が、スピーカー越しに、静かに流れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ