第5章 声は、時を越えて
■ 2025年4月1日 午前5時12分 那覇沖
護衛艦「まや」CIC(戦闘指揮所)
CICの艦内無線に、微弱ながら明瞭な短波音声が割り込んできた。
バーストノイズとともに、“異常な形式”の呼びかけが流れる。
「……こちら、帝国海軍 戦艦大和 艦橋。
応答を求む。貴艦の艦名および所属部隊を、繰り返す——」
オペレーターが振り返った。
「副長……これは、訓練通信とは違います」
副長・永田三佐は、沈黙のまま、ヘッドセットを手に取った。
その声を、彼は知っていた。
胸の奥が震えた。
あの夜、大和の艦橋で交わした、短い戦術連携。
地図も照準も使えない中で、声だけを頼りに共に戦った、“もうひとつの戦場の戦友”の声だった。
「……こちら、海上自衛隊 護衛艦『まや』。副長、永田三佐。
受信、確認。お前たちは……戻ってきたのか」
「副長殿か……やはり……そうか……」
一瞬、ノイズが走った。
その向こうで、男の声が、わずかに震えた。
「……我々は、昭和の沖縄から貴艦と共に戦った。
あの夜の海を、同じ砲火の下で。
……私は、砲術補佐の江上だ。副長殿の声、間違えようがない」
永田は、胸が締めつけられるのを感じた。
証拠はない。だが、それは確かに彼だった。
「江上大尉……今のこの世界では、あなたはもう80年前の人間のはずだ。
だが、あなたの艦がここにある。
そして今、私たちは……同じ海にいる」
「副長殿。——我々は、この艦と共に“戻ってきた”のです。
それは“誰にも信じられぬ記憶”かもしれん。だが、我々にはわかる。
貴官と共に交わした、あの夜の交信の内容を、私は——」
「……“北緯26度17分、東経127度40分、敵輸送艦群、右舷前方3,000ヤード。
主砲発射準備、照準援護を要請”……そう言った。あなたは。あの夜の0300に」
CICが静まり返った。
誰も、その交信に口を挟めなかった。
記録にも、演習データにも、そんな交信ログは残っていない。
だが、二人だけが**“同じ記憶”を共有していた。**
■ 同時刻:戦艦大和 艦橋
江上大尉は、艦橋の隅で、マイクを握りしめていた。
隣では、有馬艦長がただ無言で立っていた。
視線は前方の護衛艦群に向いたまま。
「……艦長殿。やはり、彼らは——」
有馬は小さく頷いた。
「彼らは未来の兵だ。そして、我々の“同士”だ。
記憶だけで戦った、かつての我々が、いままた、時を越えて互いを呼び戻したのだろう」
江上は微笑んだ。
「副長殿。……ご存じでしたか?
あの4ヶ月の間、私はずっと、貴艦の整備科のあの女三尉と議論してました。
’機関配管の共振を抑えるには吸振材を……’と、笑ってたんですよ」
永田が苦笑した。
「それ、斎藤です。あいつ、今もここにいます。
あなたが教えた“共振吸収式冷却配管”、覚えてるって言ってましたよ。
“あの人の目、戦時中の人間の目だった”って」
しばし、通信が止まった。
風の音が、スピーカー越しに、静かに流れていた。