第32章 避難所カフェ<灯ともり>。
夜風が少し冷たくなった、秋の気配が漂う商店街の外れ。トタンと合板で急ごしらえした小さな建物から、温かな光が漏れている。かつて青果店だった鉄骨スレートの倉庫を、ボランティアたちが手を入れて改装した、小さな喫茶兼集会所。入口の上の木の看板には、白いペンキで「灯」とだけ書かれている。
避難所カフェ<灯ともり>。
店内に入ると、裸電球のやわらかな光が、天井から吊り下がっている。壁には「本持ち込みOK」「感想10時まで」と書かれた手書きの札。外のベンチには、読みかけの文庫本と古びた単行本が、誰かを待つように並んでいる。
ここは、かつての東京から避難してきた人々が、日々の“生存と会話”を繰り返す場所だ。
関西訛りと関東訛りが入り混じり、職業も年齢もまちまち。スーツ姿だったサラリーマンは今では土埃まみれのボランティア用ベストを着こなし、学生はノートの代わりに古新聞の裏にメモを取る。商店主は、救援物資で届いたコーヒー豆をすり潰して無料で配る。昼過ぎになると、誰かが小さなスピーカーでラジオを流し、途切れ途切れにニュースと音楽が流れる。
政治も経済も崩壊し、株式市場などとうに消えた世界。それでも、この場所では、なぜか今日は「読書の秋」の話をしたがった。それは、もう一度「未来」を考えるための、静かな練習のようだった。
カップの底で沈んだインスタントコーヒーの泡が、裸電球の光を反射する。
渡辺さんが、持ち込んだ古本とメモ用紙をテーブルに広げる。周囲の空気が、自然と静かになる。
――そして、「臆病者の読書会」が始まる。