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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2078/2172

第31章 《ノード再生 ― 地下の光が戻る日》


 午前6時。

 都庁から東へ延びる地下連絡路。

 瓦礫の下に隠されたその一角は、もはや“地下街”ではなかった。

 壁のタイルは剥がれ、電線は黒い縄のように垂れ下がっている。

 だが、そこに淡い光を当てる人影があった。

 通信土木班、現場第1区隊。

 腕章には「NTT東・災害復旧連絡班」と記されていた。


 「水位、35センチ。排水ポンプ、起動します」

 ポンプのエンジンが低く唸る。

 この連絡路の先、四谷方面にある共同溝No.14-B――都心の主要通信幹線のひとつだ。

 3か月前の津波で地下6mまで冠水し、すべての光ファイバケーブルが泥と塩分に埋もれた。

 復旧の鍵は、そこに残された“死線”を“生線”に戻すことだった。


■ 光の探査


 白井(若手技師)は、泥の中から防水コネクタを慎重に引き上げた。

 ケーブルに刻まれた銘板には「G.654E/12芯」とある。

 長距離用の純石英コア、低損失タイプだ。

 「OTDR、波長1310・1550・1625。3系統測定」

 隣で測定器がピッと鳴る。

 波形が画面に描かれた。緩やかな上り坂の途中に、一か所だけ鋭いピーク。

 「損失2.9dB。破断点は2.8km先、市ヶ谷手前です」

 白井が報告する。

 「そこまで生きてるのか……上出来だ」

 野田技監が頷く。

 このケーブルが使えれば、都庁から市ヶ谷中継室までの地上光接続を再構築できる。

 復旧率が一気に二桁上がる。


 「浸水区間は浮上管で回避します。Φ100のHDPE管を仮設橋梁に載せて引き込みます」

 「橋梁の耐荷重は?」

 「許容20kN。ケーブル+水密固定具で12kN以内に収まります」

 技師たちの会話は、数字と単位でしか構成されない。

 だがその数字一つひとつが、都市の命を延命させる処方箋だった。


■ 中継室 ― 眠っていたノードの再点火


 午前9時、市ヶ谷中継室。

 外壁の一部は崩落し、内部には塩の結晶が白く固まっている。

 ラックの半分は腐食。だが奥の一列だけ、保守員の手で復旧可能と判断された。

 「UPS(無停電電源装置)、セル交換完了。電圧22.4V。通電します」

 スイッチが入る。蛍光灯が瞬き、数秒後に安定した光を放った。

 「生き返った……」

 鷹野が小さく呟いた。

 UPSに続いて、ルータの電源を投入。

 Ciscoの起動画面が上がる。

 ROMMON > boot system flash:c7200-advipservicesk9-mz.124-24.T5.bin

 モニタに古びた英字が流れ、ログインプロンプトが点滅する。

 「OS起動完了。リンクインジケータ……緑!」

 彼女の声がわずかに震えた。


 LANテスタのLEDが、1Gbpsリンク確立を示して点灯。

 遠く、都庁屋上のルータにも同時に緑が灯った。

 「都庁-市ヶ谷間、光リンク確立。遅延3.7ms」

 野田が端末に記録する。

 3か月ぶりに、地上の“光”が再び通った。


■ 水との戦い ― 地下という生物の再生


 午後、九段下側の共同溝に向けてケーブルを延ばす。

 空気は湿り、地下鉄の空洞のように広がる。

 「濃度計、酸素15%。換気ブロワ、起動!」

 地下作業では酸欠が一番の敵だ。

 さらに、塩分を含む湿気は光ケーブルの被覆を蝕む。

 「次のロール、被覆は耐塩PVCで!」

 白井が叫び、補助員がドラムを転がす。

 その手はどろどろに汚れていた。

 だが、誰も文句は言わなかった。

 彼らは知っている。通信は、泥の上で生まれ直すということを。


 中継箱にケーブルを固定する。

 「端末処理、SC/APCで。接着剤硬化10分」

 接続が終わると、光パルス試験。

 「反射損0.12dB。十分使える」

 白井が報告する。

 「じゃあ、次は冗長ルートだ。飯田橋経由で第二光を通す」

 「了解。溝内温度28℃、湿度89%。作業続行可能」

 短い会話。

 そのすべてが、無線ではなく有線で記録されている。

 いまや、言葉の一つひとつがログとして残る都市になっていた。


■ 東京を支える地下の地図


 都庁作戦本部の壁には、巨大な図面が貼られている。

 それは、東京の地下に張り巡らされた通信管路の地図。

 赤い線は生きている回線、青は断線。

 そして緑は、今まさに復旧中のルート。

 赤がゆっくりと増えていく。

 「四谷―市ヶ谷、点灯。九段下も間もなく」

 通信監視モニタの画面には、光損失のグラフが表示されていた。

 以前の平均損失は3.5dB、今は2.1dBまで下がっている。

 「再生ルートの総延長、9.6km。都心の30%が再接続完了」

 野田が読み上げる。

 「次は、地下鉄東西線トンネル経由で飯田橋から秋葉原へ。EMP耐性ルートを使う」

 「金属管ですか?」

 「いや、光の遮蔽層を二重構造にする。銅テープ+導電性繊維ジャケット。EMPにも強い」

 技師たちは頷き、再び地下へ降りていった。


■ 最後のスイッチ


 夜。

 市ヶ谷中継室の制御卓に、緑のランプが一つずつ増えていく。

 都庁、四谷、飯田橋、秋葉原、そして九段。

 全てのリンクが繋がった瞬間、ログ画面に一行が現れた。

 [21:42:17] Tokyo Fiber Backbone — STATUS: RESTORED (PRIMARY)

 鷹野は無言で画面を見つめ、ペンを置いた。

 「これで、“仮想”じゃなく、本物の線が戻った」

 白井が小さく笑う。

 「……長かったですね」

 「いや、これが始まりだ。ここから都市を“常態”に戻す」

 野田が立ち上がり、再生したラックに手を置いた。

 金属の冷たさの中に、確かな熱があった。


 その夜の東京。

 地下にはまだ水が滲んでいる。

 だが、都庁の屋上アンテナは静かに光り、

 地下の光ファイバーは、再び都市の心臓を照らし始めていた。

 見えない通信の束が、海に沈んだ街を少しずつ引き上げていく――。


■ 技術補遺(現実設定)

•管路構造:都心共同溝(内径2.5m)+地下鉄連絡路併用。

•ケーブル仕様:ITU-T G.654E(純石英低損失光ファイバ)、12芯構成。

•光損失:0.18dB/km、接続点反射0.1dB以下。

•測定機器:OTDR(1310/1550/1625nm 三波長)、SC/APCコネクタ採用。

•電源系統:UPS+DC24V非常電源、バッテリ24時間稼働。

•防潮処理:浮上管+水密ジョイント(耐水圧0.5MPa)、内部シリカゲル封止。

•EMP対策:導電性繊維シールド+銅テープ巻付、アース抵抗20Ω以下。


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