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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2074/2235

第27章 《圧力の街 ― ガス統合監視棟》



 東京ガス芝浦地区センター。

 深夜1時を回っても、地下三階の統合監視室は明るかった。

 震災から四日後、都市ガスの全域圧力監視がようやく再開されたのだ。

 部屋の中央にある大型ディスプレイには、東京23区の地図が映し出されている。

 各区ごとに中圧・低圧ネットワークが色分けされ、

 圧力値がリアルタイムで更新されていた。


 「湾岸系統A、圧力0.26メガパスカル。変動±0.01」

 「世田谷南ブロック、地盤沈下域を回避して流量再配分開始」

 オペレーターが次々に報告する。

 端末に接続されたSCADA(Supervisory Control and Data Acquisition)システムが、

 圧力、流量、バルブ開度、地盤加速度のデータを1秒単位で更新していく。

 その画面を矢代隆一中佐と、東京ガス技監の佐伯俊が並んで見つめていた。


 「多摩東部の中圧ライン、変動幅が大きいな」矢代が言う。

 「ええ。震源からの遅れた地盤変動がまだ残っています。

  地中温度が上がっているので、圧縮係数が微妙にズレてる」

 佐伯はモニターに指を走らせ、圧力曲線のグラフを拡大した。

 オレンジ色の線が、0.1メガを中心に小刻みに揺れている。

 「AI制御でバルブ開度を0.3度調整中です。――落ち着いてきます」


 SCADAの右側モニターには、

 地盤変位センサー網の3Dマップが表示されていた。

 東京湾岸から江東区にかけて、最大で60cmの沈下が記録されている。

 「ガス管への応力計算、どうだ?」

 「DIP鋳鉄管は限界近いですが、PE管はまだ余裕があります。

  湾岸幹線は可とう継手で吸収。

  ただし、地下共同溝区間の鋼管は監視続行が必要です」

 佐伯の答えは的確だった。


 制御卓の警告灯が一瞬だけ点滅した。

 「圧力低下検知、北千住ブロック!」

 「現地カメラ確認!」

 サブモニターに映ったのは、地上のマンホール監視映像。

 白い蒸気が立ち上る。

 「温度上昇だ、漏洩じゃない。地下水が入り込んでる」

 唐木顧問が冷静に判断する。

 「補助ポンプ稼働。ライン圧維持。流量損失率0.4%以内に収束見込み」

 オペレーターが復旧ルートを手動で入力した。

 その動作は迷いがなかった。


 矢代はスクリーンに表示された数字をじっと見つめた。

 23区のガス圧は、どのブロックもゆっくりと標準値に戻りつつある。

 0.25、0.27、0.28――。

 人間が感じないほどの微圧の変化が、都市の深部を流れている。

 「……全域、安定圧に復帰」

 佐伯の声に、室内の空気がわずかに緩む。

 「平均圧2.45キロパスカル、許容誤差±0.03」

 唐木が報告を締めくくった。


 矢代は、壁際の大型モニターに映る都心部の3D配管モデルを見つめた。

 地表の道路、鉄道、地下鉄の下を、無数の配管が層を成して走っている。

 「これが全部、地下3メートルの世界か……」

 「ええ。電力より浅く、水道より上。

  1本の管で1万人分の生活が繋がってます」佐伯が答えた。

 「一本の損傷が、街を止める」

 矢代は呟いた。

 モニター上では、青いラインが静かに脈打っていた。


 午前3時。

 AIから自動報告が上がる。

 《全系統安定化完了。平均供給率99.9%。再加圧領域解除》

 唐木が最後に言った。

 「これで、都内の約80%で調理・給湯が再開できます」

 矢代は静かに頷いた。

 「水も戻った。電気もついた。――次は火か」

 それが、東京の生活を取り戻すための最終段階だった。

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