表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2068/2187

第21章 《絶縁の再生》



 海が引いたあとの有明は、まだ「沈んだままの都市」だった。

 地表は乾いても、**地下15メートルの共同溝(utility tunnel)**には、まだ海水が眠っていた。

 塩分がコンクリートの細孔に染み込み、壁面の鉄筋を錆びさせ、

 ケーブル被覆は膨張して白く濁っている。

 それでも矢代隆一中佐たちは、地下に降りた。

 目的はひとつ――“絶縁”を取り戻すこと。


 「まずは区間ごとに絶縁抵抗を測る」

 佐伯俊技師の声が無線で響く。

 「500Vメガで測定――値、0.2メガオーム。完全にリーク状態です」

 「だろうな」矢代は苦い顔をした。

 「油入りCVケーブルはもうダメだ。全部抜いて乾かす」


 作業員たちは、径150mmの地中送電管路から黒いケーブルを引き出した。

 外皮は架橋ポリエチレン(XLPE)、中に銅導体(CVT275kV級)。

 だが、津波で水圧を受けた部分は、絶縁層が層状に剥がれていた。

 唐木慎吾顧問が地上の分析テーブルで顕微鏡を覗きながら言う。

 「やっぱり水分侵入で樹脂が膨張してる。絶縁破壊の典型例だ」

 「再利用は不可能?」

 「3kV以下なら耐えられるが、154kV以上では危険だ。交換しかない」


 新しいケーブルがトレーラーで運び込まれた。

 黒い巨蛇のように巻かれたそれは、1メートルごとに白いマーキング。

 材質は三層押出XLPE、耐熱90℃、設計寿命40年。

 表面には「東電PG-BX275」の刻印。

 「これを共同溝に通すのか?」と若い作業員が呟く。

 「そうだ。東京の血管をもう一度通す」


 共同溝の中は、高さ3メートル、幅2.5メートル。

 右壁には電力管、左には通信・光ファイバー管、

 下段にはガス・冷熱配管が並走する――いわば都市の多層臓器。

 中央通路を通って、ケーブルドラムがゆっくり進む。

 重力と摩擦を抑えるため、床にはテフロン製ローラーが敷かれ、

 上部には**ケーブル支持金具ラックサポート**が等間隔で設置されていた。


 「引き込み速度、毎分50センチ。テンション一定」

 佐伯がケーブルプーラーの数値を監視する。

 「テンション異常なし。導体温度25℃、外皮無損傷」

 モーターの唸りが低く響く中、ケーブルは徐々に地下深部へと吸い込まれていった。

 外では唐木が冷却油ユニットを点検していた。

 「絶縁油ポンプ、再始動。真空乾燥室、稼働良好」

 ケーブル端末に真空ホースを繋ぎ、マイナス0.09MPaの減圧下で

 残留水分を吸い出していく。


 地上テント内の温度計は40度を超えていた。

 「湿度、35%。いいペースだ」

 唐木は乾燥風を送り込みながら、図面を指でなぞった。

 「この路線は湾岸幹線Bルート、154kV。

  復旧すれば、臨海副都心・中央排水施設・都心病院群を一気に繋げられる」

 「じゃあ、ここが動けば――街が生きる」

 「そうだ。血管が通れば、次は心臓だ」


 その夜、作業は続いた。

 新しいケーブルが溝を這い、接続点ごとにシリコーン絶縁スリーブが圧着される。

 作業員は一人ひとり、導体を研磨し、接続部に酸化防止剤を塗布する。

 全長3.2km。

 「ラスト200メートル!」の声が上がったとき、

 矢代はようやく防護マスクを外した。

 「よし、絶縁テストだ」


 再びメガテスターが鳴く。

 「測定開始……0.8、1.2、1.5、――上昇中!」

 佐伯が顔を上げた。

 「2.5メガオーム! 絶縁回復!」

 現場の全員が一斉に息を吐く。

 唐木が無線で報告した。

 「絶縁良好。充電試験に移行できる」

 矢代は静かに言った。

 「電気を通せ」


 そして午前2時。

 黒いケーブルの中に、再び光が流れ始めた。

 地上の仮設電柱に取り付けられたランプが一つ、また一つと灯る。

 それは、泥に沈んだ東京湾岸に再び“神経の火花”が走る瞬間だった。


 唐木は冷却ユニットの圧力計を見つめながら呟いた。

 「これで電気は戻った。だが――“人の気配”が戻るには、もう少し時間が要る

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ