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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2066/2200

第19章 《環状ループ ― 電の輪が閉じる》



 午前七時四十五分。

 霞ヶ関の地下では、再生した変電所の低い唸りが響いていた。

 だが、首都はまだ「半身不随」の状態にあった。

 南東京幹線の電流は動き出したが、北側――板橋・大手町経由の環状ルートが未接続のままだ。

 都市は、まだ血の巡りが片方しかない。


 矢代中佐は携帯端末に映るリアルタイム配電マップを睨んでいた。

 黒い地図の上で、南側ルートが赤く脈を打ち、北側は沈黙している。

 「板橋変電所の復旧は?」

 「高圧母線の絶縁再試験、あと四十分です」

 佐伯技師の声が通信に響く。

 「多摩幹線、275kV系統は安定。湾岸ルートも臨界電圧に到達。……あとは“輪を閉じる”だけです」

 矢代は息を飲んだ。

 その「輪」とは、東京154kV環状給電線――

 首都全域を一周する、“電気のドーナツ”とも呼ばれる防御構造だ。

 どこかが断たれても、別方向から電力を迂回できる。

 それを設計したのが、今ここに立つ唐木慎吾だった。


 「唐木さん、このループ、設計当初の思想は?」

 「単純だよ。――“東京は一方向では生きられない”。

  右から撃たれたら、左から血を送る。脳が止まる前に心臓が動くようにな」

 老技師は苦笑し、スパナを持つ手をわずかに震わせた。

 「そのとき想定してたのは地震と戦争だった。まさか核の後に自分で動かすとはな」


 地下ケーブルラックの最深部で、作業員が結線作業を進めていた。

 銅導体はまるで筋肉繊維のように光り、一本ずつ丁寧に圧着されていく。

 「接続部B-2、導通確認」

 「抵抗値0.1オーム。許容内」

 「絶縁抵抗、OK。被覆温度上昇なし」

 矢代は腕を組み、沈黙のまま全体を見渡した。

 地下の空気がわずかに湿り、鉄とオゾンの匂いが鼻を刺す。


 地上では、東電PGの**中央給電指令所(CR)**が目を覚ましていた。

 多摩川沿いのビルの中、オペレーターたちが並ぶ。

 十数台の大型モニターには、首都圏の電圧マップが表示されている。

 「霞ヶ関変電所、一次出力安定。南東京幹線稼働中」

 「北東京幹線、開通許可待ち」

 主任技師の女性がマイクを取り、短く告げた。

 「――環状接続、承認します」


 同時に、地下の制御室に指令音が鳴った。

 「霞ヶ関セクションA・B接続準備。最終絶縁チェック完了」

 佐伯がパネル前に立ち、息を整える。

 「圧力、温度、振動――すべて基準内。……行けます」

 矢代は頷き、短く命じた。

 「ループ接続――実行」


 スイッチが押された瞬間、空間全体がかすかに震えた。

 金属同士が擦れる乾いた音が響き、ケーブルラックを走る青白い閃光が一瞬走る。

 「負荷分散、開始!」

 制御盤の針が跳ね上がり、各区の出力が次々と緑に変わる。

 大手町、永田町、赤坂、銀座……

 霞ヶ関の地下で、何百ものリレーが次々と弾けるように作動した。

 音の連鎖がまるで鼓動の波のように地下を駆け抜けた。


 「全域同期――成功!」

 佐伯の声が弾んだ。

 矢代は深く息を吐く。

 「東京、循環開始」

 唐木はモニターを見つめたまま、低く呟く。

 「……心臓が血を押し出した。次は毛細血管の仕事だ」


 地上では、倒壊を免れたビルの屋上に一つ、また一つと灯りが戻る。

 信号機が赤に変わり、遠くで非常灯の緑が点く。

 誰もいない交差点に、初めて人工の光が落ちた。

 その瞬間、唐木は目を細めた。

 「人間ってのは、光を見ると立ち上がる。……だから電気は希望なんだよ」


 矢代は黙って頷き、無線を握った。

 「霞ヶ関変電所より全系統へ――環状ループ、完全閉鎖を確認。

  東京電脈、全身循環開始。……都市は生き返った」


 その報告が指令所に届いた瞬間、モニターの首都地図が緑一色に染まった。

 “輪”が閉じた。

 それは、破壊のあとに蘇る人間の意志そのものだった

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