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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2064/2185

第17章 《共同溝 ― 電の動脈をつなぐ》



 午前三時、霞ヶ関共同溝。

 地下二十メートルの空間は、まだ夜の温度を抱えたままだった。

 鉄筋コンクリートの壁に取り付けられたケーブルラックが、無数の蛇のように走っている。

 それぞれが太さ十センチの黒いケーブル。

 高圧送電線、275キロボルト級――首都の大動脈だ。


 作業員がヘッドライトをかざすと、金属の鱗のような被覆が鈍く光った。

 被覆の中は、三層構造になっている。

 銅導体を囲む絶縁層、その外にアルミシース、さらに外側は耐火ポリエチレン。

 一本のケーブルで三相交流を構成し、三本で一回路を担う。

 その一本が断たれれば、東京の半分が沈む。


 矢代隆一中佐は、崩落した配線区画を見下ろした。

 「ここが南東京幹線の支線接続部か」

 「はい。変電所からの送電ルートがここで三分岐してます」

 佐伯技師が答える。

 図面を照らすライトの光が震えていた。

 「幹線は地下15mから30mまで三層で通ってます。

  最上層が配電幹線(66〜154kV)、中層が送電幹線(275kV)、最下層に500kVの本管。

  この共同溝は“中層ライン”です」

 「つまり、ここが都市の血圧を保つ心臓部ってわけか」

 「ええ。ここが生きていれば、首都は再び脈を打ちます」


 作業灯の光が、壁面の銘板を照らす。

 《東京電力パワーグリッド 南東京幹線No.3 管理区画 建設:1987年》

 唐木顧問がそのプレートに手を当てた。

 「この溝を設計したのは、もう三十年以上前だ。

  だが当時から“戦争にも耐える都市”を意識してた。

  二重配線、環状給電、止水扉。……まさか本当にその想定が試されるとはな」


 奥の壁面で、若い作業員が絶縁ケーブルの端を剥離していた。

 中から現れたのは、蜂蜜色に輝く銅線の束。

 光を反射して脈動しているように見える。

 「導体、損傷率二割。再利用可能です」

 「再圧着でつなげ」矢代が命じる。

 作業員が端面を削り、圧着スリーブを装着。

 トルクレンチで締めると、金属がわずかに軋んだ。


 その隣で、佐伯が測定器をセットする。

 携帯型局部放電試験機――ケーブル内部の微細な破断を検知する装置だ。

 液晶画面に波形が現れ、ノイズが走る。

 「……まだ中で放電してる。絶縁破壊寸前だな」

 唐木が低く言う。「オイル循環が止まってる。冷却ポンプが死んでるんだ」

 「補助ラインで油圧を送る。地上のタンクから手動で回せ」

 矢代の命令に応じ、上層のポンプ車が作動を始める。

 圧送油の流れる音が、低い地鳴りのように響く。


 その振動の中で、佐伯がケーブル表面に手を当てた。

 「温度、三十五度。……生き返ってきた」

 銅線の中をわずかな電流が走り、赤外線スコープに淡い光が浮かぶ。

 唐木が笑った。「電気ってのは、心臓マッサージと同じだ。

  少しでも流れが戻れば、全身に信号が走る」


 だが、完全な復旧まではまだ遠い。

 矢代は図面を見下ろす。

 「上層の154kV配電管も繋ぎ直す必要があるな」

 「はい。ただ、あそこは狭い。電線が入り組んでて再敷設には二日かかる」

 「時間はない。幹線優先だ。脳を先に動かせば、末端は後からでも生きる」


 佐伯が頷く。「送電幹線、復旧試験を行います」

 緊張が走る。

 高圧電流が再びこの地下に流れれば、空気中の水分でアークが走る可能性がある。

 全員が防爆ヘルメットのバイザーを下ろした。


 「送電ルート、南東京→霞ヶ関区間、開通準備」

 「絶縁抵抗値、良好」

 「異常なし――」

 「一次送電、開始!」


 次の瞬間、地下の闇が震えた。

 トランスのコアが低く唸り、壁を通して振動が伝わる。

 ケーブル内を走る電流が、微かに青白い光を放った。

 音もなく、しかし確かに“命”が流れていた。


 唐木が呟く。「これが都市の鼓動だ。地上の灯りは、ここの呼吸でしか生きられない」

 矢代は無言で頷く。

 遠くの計器盤で、緑のランプが一つ、二つと点いていく。

 数ヶ月ぶりに、首都の電の血流が戻り始めていた

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