第14章 《環状幹線道路 ― 道を取り戻す》
夜が明けきらない霞ヶ関。
黒く焼けただれたアスファルトの上に、重機のライトが並んでいた。
空気は油と泥の匂いで濁り、地面のあちこちから湯気が立ち上る。
――爆心からわずか七百メートル。
かつて内堀通りと桜田通りが交差していた地点は、今では巨大な窪地になっていた。
工兵中佐・矢代隆一は、ヘルメットのバイザーを上げ、視線を遠くに送った。
そこではクレーンが沈下した橋脚を吊り上げ、同時に油圧ショベルが瓦礫を掻き出している。
すぐ横では舗装班が“再生アスファルト”の混合を行っていた。
廃棄ビルのコンクリ片を粉砕し、再利用するための移動式プラントだ。
夜通し稼働した機械からは、焦げた匂いが漂っていた。
「中佐、北ルート確保まであと八十メートルです!」
測量班の声が飛ぶ。
「軌道誤差、プラスマイナス十五センチ!」
矢代は頷き、タブレット端末を操作した。
地図上の緑のラインが少しずつ延びていく。
この線が、地上輸送再開の“命綱”だった。
道路というのは単なる道ではない。
電力・通信・ガス・水――すべての配管とケーブルがその下を通っている。
つまり、道の再生とは都市の再構築そのものだ。
しかし、爆風で地盤は30センチ沈下し、アスファルト層の下の砂礫層には無数の空洞が生まれていた。
埋設調査班が地中レーダーを使って確認するたび、モニターには蜘蛛の巣のような断層が浮かぶ。
「このまま舗装しても沈むぞ」
土質班の佐伯が言った。
「一度、流動化剤で地盤を固定しろ。セメントミルクを注入して二十四時間待つ」
「待ってたら輸送が止まる」
矢代が言う。
「でも、焦って沈めば再び閉鎖だ」
二人の声は重機の轟音にかき消された。
そのとき、作業員の無線が鳴る。
「東ルート、舗装開始!」
現場の空気が少し変わる。
ローラー車がアスファルトを押し固め、蒸気がもうもうと立ち昇る。
鉄板の下では熱せられた混合材が粘り、ローラーの重量で光沢を帯びていく。
焦げた匂いと熱風の中で、誰もが無言のまま作業を続けた。
午前六時。
ついに最初の試験走行が始まる。
先頭を走るのは自衛隊の軽装甲車、その後ろに補給トラック、さらに医薬品輸送車が続く。
舗装区間の端で矢代が手を上げた。
「速度二十、慎重に行け!」
車輪がアスファルトに乗る。
ギシ、とわずかな音が響く。
全員の視線が一点に集中した。
トラックが十メートル、二十メートル――沈下なし。
「安定してます!」
歓声が上がる。
だが矢代は喜ばなかった。
舗装面の下にまだ亀裂が残っている。
雨が降れば崩れる危険がある。
「油断するな、ここはまだ戦場だ」
その言葉に作業員たちは黙って頷いた。
地上では朝日が昇り始めていた。
霞ヶ関のビル群の骨組みが、オレンジ色の光を反射する。
熱で歪んだガラス片がきらめき、まるで街全体が“再起動”しているかのようだった。
矢代は空を見上げ、呟く。
「道が戻れば、人が戻る。人が戻れば、都市は呼吸を始める」
通信線が通り、水が流れ、今ようやく車輪が動いた。
それは“復興”という言葉よりもずっと現実的で、重い光景だった。
遠くで警笛が鳴り、補給車列がゆっくりと霞ヶ関の中心部へと進入していく。
矢代は汗に濡れたヘルメットを脱ぎ、額を拭った。
「……これで、街が繋がった」
しかし彼は知っていた。
この道が真に“完成”するのは、再び人の声と生活の音が戻ったときだ。
今日の舗装は、ただの“前奏”にすぎない。
舗装面の上を、風が静かに流れた。
焼けたアスファルトの匂いとともに、東京の再生が、ゆっくりと始まっていた