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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2061/2235

第14章 《環状幹線道路 ― 道を取り戻す》



 夜が明けきらない霞ヶ関。

 黒く焼けただれたアスファルトの上に、重機のライトが並んでいた。

 空気は油と泥の匂いで濁り、地面のあちこちから湯気が立ち上る。

 ――爆心からわずか七百メートル。

 かつて内堀通りと桜田通りが交差していた地点は、今では巨大な窪地になっていた。


 工兵中佐・矢代隆一は、ヘルメットのバイザーを上げ、視線を遠くに送った。

 そこではクレーンが沈下した橋脚を吊り上げ、同時に油圧ショベルが瓦礫を掻き出している。

 すぐ横では舗装班が“再生アスファルト”の混合を行っていた。

 廃棄ビルのコンクリ片を粉砕し、再利用するための移動式プラントだ。

 夜通し稼働した機械からは、焦げた匂いが漂っていた。


 「中佐、北ルート確保まであと八十メートルです!」

 測量班の声が飛ぶ。

 「軌道誤差、プラスマイナス十五センチ!」

 矢代は頷き、タブレット端末を操作した。

 地図上の緑のラインが少しずつ延びていく。

 この線が、地上輸送再開の“命綱”だった。


 道路というのは単なる道ではない。

 電力・通信・ガス・水――すべての配管とケーブルがその下を通っている。

 つまり、道の再生とは都市の再構築そのものだ。

 しかし、爆風で地盤は30センチ沈下し、アスファルト層の下の砂礫層には無数の空洞が生まれていた。

 埋設調査班が地中レーダーを使って確認するたび、モニターには蜘蛛の巣のような断層が浮かぶ。


 「このまま舗装しても沈むぞ」

 土質班の佐伯が言った。

 「一度、流動化剤で地盤を固定しろ。セメントミルクを注入して二十四時間待つ」

 「待ってたら輸送が止まる」

 矢代が言う。

 「でも、焦って沈めば再び閉鎖だ」

 二人の声は重機の轟音にかき消された。


 そのとき、作業員の無線が鳴る。

 「東ルート、舗装開始!」

 現場の空気が少し変わる。

 ローラー車がアスファルトを押し固め、蒸気がもうもうと立ち昇る。

 鉄板の下では熱せられた混合材が粘り、ローラーの重量で光沢を帯びていく。

 焦げた匂いと熱風の中で、誰もが無言のまま作業を続けた。


 午前六時。

 ついに最初の試験走行が始まる。

 先頭を走るのは自衛隊の軽装甲車、その後ろに補給トラック、さらに医薬品輸送車が続く。

 舗装区間の端で矢代が手を上げた。

 「速度二十、慎重に行け!」

 車輪がアスファルトに乗る。

 ギシ、とわずかな音が響く。

 全員の視線が一点に集中した。

 トラックが十メートル、二十メートル――沈下なし。


 「安定してます!」

 歓声が上がる。

 だが矢代は喜ばなかった。

 舗装面の下にまだ亀裂が残っている。

 雨が降れば崩れる危険がある。

 「油断するな、ここはまだ戦場だ」

 その言葉に作業員たちは黙って頷いた。


 地上では朝日が昇り始めていた。

 霞ヶ関のビル群の骨組みが、オレンジ色の光を反射する。

 熱で歪んだガラス片がきらめき、まるで街全体が“再起動”しているかのようだった。

 矢代は空を見上げ、呟く。

 「道が戻れば、人が戻る。人が戻れば、都市は呼吸を始める」


 通信線が通り、水が流れ、今ようやく車輪が動いた。

 それは“復興”という言葉よりもずっと現実的で、重い光景だった。

 遠くで警笛が鳴り、補給車列がゆっくりと霞ヶ関の中心部へと進入していく。

 矢代は汗に濡れたヘルメットを脱ぎ、額を拭った。

 「……これで、街が繋がった」


 しかし彼は知っていた。

 この道が真に“完成”するのは、再び人の声と生活の音が戻ったときだ。

 今日の舗装は、ただの“前奏”にすぎない。


 舗装面の上を、風が静かに流れた。

 焼けたアスファルトの匂いとともに、東京の再生が、ゆっくりと始まっていた

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