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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン16
2058/2254

第11章 《電力再生線 No.3 — 地下変電区画》



 再通電は、祈りに近い儀式だった。

 霞ヶ関地下三十メートル、旧外務省下の変電区画。赤錆びた制御盤に、新しいケーブルが縫い直されている。

 防爆灯が淡く揺れ、油の匂いと焦げた絶縁材の臭気が混ざる。誰もが息を潜めていた。


 「主幹、導通確認。抵抗値、零・一オーム」

 「了解。第二系統、送電準備」

 矢代中佐は静かに頷き、パネル前に立つ若い技官・白井に視線を送った。彼女の手は緊張で震えていた。


 半年間、この変電区画は沈黙していた。爆風で地表設備が吹き飛び、ケーブル群は焼き切れた。

 だが地下の一次線だけが生き残った。今、彼らはその一本を基に“東京を蘇らせる導線”を再構築している。


 白井が小声で言う。「……もし短絡したら」

 「その時は、俺たちの判断が遅かったというだけだ」

 矢代は答えた。声は静かだった。


 外では、非常用発電車の低い唸りが響く。蓄電装置は充電限界。今夜までに成功しなければ、冷却系統が再び停止する。

 作業員の額には汗が滲み、誰もが腕時計の秒針に怯えるように目を落とした。


 「接続点クリア。誘導試験、開始します」

 白井がスイッチを押す。盤面の計器が瞬間、赤く点滅。空気が張り詰めた。

 微かな唸り。変圧器の奥で鉄がうなる。次の瞬間、照明が一斉に点った。

 「……通った」

 白井の声が震えた。


 周囲から歓声は上がらなかった。ただ、誰もが静かに息を吐いた。

 灯が戻ったという事実の重みを、現場の人間ほど知っている者はいない。

 矢代は計器の値を確認しながら呟いた。

 「電圧安定。これで中枢の医療区画も動かせる」


 同時に、胸の奥で別の計算が始まる。

 この地下電力網は地上とは隔絶された独立システムだ。

 完全復旧までには最低半年、いや一年。

 しかも国の政治機構はまだ“どこに本拠を置くか”すら決めていない。


 通信担当の佐伯が走り込む。「再通電、確認。霞ヶ関北区まで通電完了です」

 矢代は頷き、壁際の電源レールを見た。そこに並ぶ蛍光灯が、まだ不安定なリズムで点滅している。

 「この光が消えたら、俺たちはまた最初からだ」

 誰も笑わなかった。


 その時、外のスピーカーから放送が流れた。

 『復興庁広報より通達。霞ヶ関電力再生線No.3、正式稼働確認——』

 言葉は淡々としていた。だが、地下の誰もが顔を上げた。

 白井の瞳に、初めて微かな光が宿った。


 矢代は工具箱を閉め、静かに腰を上げる。

 「この灯は一晩しかもたん。夜明けまでに補助線を繋げ。

  ――東京の鼓動を、止めるな」


 整備員たちは頷き、再び走り出した。

 鋼鉄の床が軋む音が、やがて規則的なリズムに変わっていく。

 闇の底で光が戻りつつあった

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