第11章 《電力再生線 No.3 — 地下変電区画》
再通電は、祈りに近い儀式だった。
霞ヶ関地下三十メートル、旧外務省下の変電区画。赤錆びた制御盤に、新しいケーブルが縫い直されている。
防爆灯が淡く揺れ、油の匂いと焦げた絶縁材の臭気が混ざる。誰もが息を潜めていた。
「主幹、導通確認。抵抗値、零・一オーム」
「了解。第二系統、送電準備」
矢代中佐は静かに頷き、パネル前に立つ若い技官・白井に視線を送った。彼女の手は緊張で震えていた。
半年間、この変電区画は沈黙していた。爆風で地表設備が吹き飛び、ケーブル群は焼き切れた。
だが地下の一次線だけが生き残った。今、彼らはその一本を基に“東京を蘇らせる導線”を再構築している。
白井が小声で言う。「……もし短絡したら」
「その時は、俺たちの判断が遅かったというだけだ」
矢代は答えた。声は静かだった。
外では、非常用発電車の低い唸りが響く。蓄電装置は充電限界。今夜までに成功しなければ、冷却系統が再び停止する。
作業員の額には汗が滲み、誰もが腕時計の秒針に怯えるように目を落とした。
「接続点クリア。誘導試験、開始します」
白井がスイッチを押す。盤面の計器が瞬間、赤く点滅。空気が張り詰めた。
微かな唸り。変圧器の奥で鉄がうなる。次の瞬間、照明が一斉に点った。
「……通った」
白井の声が震えた。
周囲から歓声は上がらなかった。ただ、誰もが静かに息を吐いた。
灯が戻ったという事実の重みを、現場の人間ほど知っている者はいない。
矢代は計器の値を確認しながら呟いた。
「電圧安定。これで中枢の医療区画も動かせる」
同時に、胸の奥で別の計算が始まる。
この地下電力網は地上とは隔絶された独立システムだ。
完全復旧までには最低半年、いや一年。
しかも国の政治機構はまだ“どこに本拠を置くか”すら決めていない。
通信担当の佐伯が走り込む。「再通電、確認。霞ヶ関北区まで通電完了です」
矢代は頷き、壁際の電源レールを見た。そこに並ぶ蛍光灯が、まだ不安定なリズムで点滅している。
「この光が消えたら、俺たちはまた最初からだ」
誰も笑わなかった。
その時、外のスピーカーから放送が流れた。
『復興庁広報より通達。霞ヶ関電力再生線No.3、正式稼働確認——』
言葉は淡々としていた。だが、地下の誰もが顔を上げた。
白井の瞳に、初めて微かな光が宿った。
矢代は工具箱を閉め、静かに腰を上げる。
「この灯は一晩しかもたん。夜明けまでに補助線を繋げ。
――東京の鼓動を、止めるな」
整備員たちは頷き、再び走り出した。
鋼鉄の床が軋む音が、やがて規則的なリズムに変わっていく。
闇の底で光が戻りつつあった