第7章 金融のプロは信用できるか?
(手品サークル。静かな部屋の中、先ほどの株の話の続きで、全員が渡辺さんの次の言葉を待っている。)
課長:
(いつもより少し落ち着いた様子で、手影絵の影を眺めながら)
渡辺さん、先ほどの話の続きだが、その「投資の神様」は、なぜわざわざ自分で投資のやり方を公開しているんだ?普通なら、自分だけが儲かればいい、と考えるものじゃないか。
渡辺さん:
はい。それについて、橘さんがおっしゃっていました。「金融業界には、投資家に損をさせているプロたちがいるからだ」と。
小林さん:
(スマホをいじるのをやめ、顔を上げて)
えー!プロなのに、ですかー?なんか、詐欺みたいですねー。
高橋さん:
(眉間に皺を寄せ、怪訝な顔で)
それはどういうことだい?プロがわざわざ損をさせるなんて、馬鹿げているじゃないか。
渡辺さん:
はい。神宮寺さんは、金融業界にいる「プロたち」、例えば、株式評論家やアナリストと呼ばれる人たちのことを、こう説明していました。彼らは、投資家に「儲かる情報」を提供すると称して、本を書いたり、講演をしたり、高い報酬を受け取ったりしているそうです。しかし、彼らの予測は全然当たらないそうです。
主任:
(課長の隣で、ひたすら相槌を打ち、課長の言葉を補足するように)
そうです!もし、未来の株価を確実に当てられるアナリストがいるとしたら、その人の言う通りにすれば、投資家はみんな儲かってしまいますよね!
渡辺さん:
はい。本にも、そのことが書かれていました。もし未来の株価を必ず当てられるアナリストがいると、その人は世界中の富を独占するか、誰も儲からなくなるかのどちらかになると。しかし、そのような事態が起きていない以上、必ず当たるアナリストは存在しないと論理的に証明できるそうです。
課長:
(深く頷きながら)
なるほど。まるで、僕らが手品のタネを予想しているようなものだな。僕が答えを知っていても、みんなに教えたら面白くない。でも、もし百発百中、答えを当てられる人がいたら、このサークルは成り立たないだろう。
伊藤さん:
(クールで知的な口調で)
つまり、彼らは「安心を売る商売」ってことね。投資家は、自分の決断を後押ししてくれる、合理的な理由を探している。アナリストや株式評論家は、その「理由」を、次から次へと提供しているに過ぎない。
渡辺さん:
はい。そして、株価の変動には、投資家たちの期待や思惑、集団心理が大きく影響しているそうです。アナリストたちは、その思惑を予測し、それに乗じるような推奨銘柄を提示する。しかし、その予測が当たる確率は、当てずっぽうと同じくらいだそうです。
小林さん:
なんか、ますますわからなくなってきましたー。じゃあ、誰も信用できないってことですかー?
渡辺さん:
(静かに、しかし力強く)
はい。ですが、橘さんは、こうもおっしゃっていました。「金融のプロは医者のような専門家とは違う」と。医者が病気を治すのは、治療費という対価が得られるからですが、金融のプロは、やたらと高価な薬をばらまくばかりか、その処方箋に従うと病気がさらに悪化する恐れすらあると。
高橋さん:
(眉間に皺を寄せ、理解できないといった様子で)
ふん。それがどうしてだか、私にはさっぱりわからんよ。
渡辺さん:
(ゆっくりと指先でテーブルの上の紙を動かし始める)
はい。橘さんは、こう説明していました。「儲かる銘柄を知っている人、つまり『パフォーマンス指数(PQ)』の高い人は、自分で自分の資産を運用した方がはるかに得なので、他人に情報を教えてもらうには、それ以上の対価を支払わなければならない。しかし、PQの高い人は、給料をもらって情報を提供したり、本や講演で稼いだり、そんなくだらないことをするはずがない」と。つまり、儲かる情報を教えている人たちは、みんなPQが低い人たちだということになります。
課長:
(深く頷きながら)
なるほど。だからこそ、その「神様」は、自らの投資法を惜しみなく公開している。それは、僕らが手品のやり方を教え合うのと同じだ。みんなで一つの手品を作るために、一番良いやり方を共有している。
渡辺さん:
はい。そして、臆病者には、臆病者の投資法があると、私はこの言葉が、とても好きです。