第3章 ライフスタイルとしての投資
(先ほどの株の話の続きで、誰もが静かに、しかし熱心に耳を傾けている。デイトレードの危険性、そして市場の歪みを利用した堀江さんの話を聞き、誰もが少しばかりうんざりしたような、疲れたような表情を浮かべている。)
渡辺さん:
(全員の様子を静かに見つめ、ゆっくりと口を開く。その声には、先ほどまでの高揚した熱意ではなく、どこか穏やかな、そして深い思索の色が感じられる)
…みなさん、投資の世界には、堀江さんやジェイコム男さんのように、派手な儲け話や、リスクを冒す人たちがいるようですが、そうではない、もうひとつの投資の方法もあるそうです。
小林さん:
(スマホをいじるのをやめ、顔を上げて、少しだけ不満げな表情で)
えー、あるんですか?なんか、地味そう。やっぱり、テレビとかで見るみたいに、パソコンで数字がバババって動くほうが、かっこいいじゃないですかー。
高橋さん:
(腕を組み、いつものように懐疑的だが、少しだけ興味をそそられた様子で)
でも、そういう方が堅実で良いんじゃないのかい?派手な話の裏には、必ず落とし穴があるもんだ。
渡辺さん:
(小さく頷き、テーブルの上に広げた紙の山から、一枚のグラフを取り出す)
はい。その名も「資産運用」というそうです。難しいことを考えず、ただひたすらに、世界株のインデックスファンドに長期の積立投資をすればいいと。それが、ファイナンス理論から導かれる、ある意味では究極にシンプルな結論だそうです。
小林さん:
え、それだけでいいんですか?本当に?だって、そんなことなら、誰でもできちゃいますよねー。
渡辺さん:
(グラフをみんなに見せる。それは、紀元前から現代までの人類の所得の推移を示したものだ)
はい。このグラフを見てください。紀元前1000年から、1800年頃までの人類の豊かさは、ほとんど変わっていなかったそうです。それが、18世紀半ばにイギリスで始まった産業革命を境に、突然、指数関数的に拡大していきました。私たちは、この「人類の豊かさの拡大」という大きな流れに乗って、投資をすればいいのです。
伊藤さん:
(グラフをじっと見つめ、クールな口調で)
ふうん。つまり、そういうのって、産業革命以降の経済成長に賭ける投資戦略ってことね。特定の企業の成長に賭けるのではなく、人類全体の進歩に賭ける。
渡辺さん:
はい。そして、この「人類の豊かさの拡大」が、これからも続くのかどうか。世界経済の推移については、いくつかの考え方があるそうです。
高橋さん:
へえ。どんな考え方なんだい?
渡辺さん:
「楽観主義」は、これからも指数関数的な成長が続くと考えるそうです。「現実主義」は、今後も一定の成長は続くだろうが、いずれは平衡状態になると。「悲観主義」は、すでに成長の時代は終わり、経済は停滞すると。そして、「絶望主義」は、資源の枯渇や環境問題によって、成長は負のスパイラルに落ち込むと考えているそうです。
課長:
(深く頷きながら、まるで手影絵の完成形を見通すように、明確な口調で)
なるほど。そう考えると、私たちがやろうとしている長期の積立投資は、このうちの楽観主義か、現実主義のシナリオに賭けるということだな。どちらにせよ、今すぐ世界が滅びるわけではない、という前提に立っている。
主任:
(課長の言葉を補足するように、力強く)
そうです!ギャンブルのように一か八かの勝負をするのではなく、歴史の流れに身を任せる。これなら、精神的にも安定して、続けられそうですね!
渡辺さん:
はい。橘さんは、もし自分が楽観主義者か現実主義者なら、この本に書かれていることを実践すればいいとおっしゃっていました。そして、このアドバイスは、金融市場に対する新たな知見が積み上がっても通用する普遍的なものだと。
小林さん:
うーん、なんだか、小難しい話になっちゃいましたけど…。でも、みんなで同じ方向に進んでるって思うと、ちょっとだけ安心するかもー。
佐藤くん:
(話の終わりを見て、いつものようにもじもじしながら、どもりがちに)
…あの、本に書いてあったんだけど、「臆病者には、臆病者の投資法がある」って。ギャンブルの世界を歩き抜く必要はないんだって。
渡辺さん:
(佐藤くんの言葉に、嬉しそうに、そして深く頷く)
はい。その本には「なんだ、投資って怖くないんだ」と思える人が増えれば嬉しいと書かれていました。
高橋さん:
ふふ。なんだか、渡辺さんらしいわね。