第1章 臆病者の投資法
(手品サークル。いつものように静かで、しかしどこか不思議な熱気が満ちた空間で、渡辺さんがテーブルに小さな紙の山を広げている。)
渡辺さん:
…みなさん、最近、株というものについて、調べているんです。
小林さん:
(スマホをいじりながら、少しだけ顔を上げて、キラキラした目で)
えー、株ぅ?なんか、ニュースとかでよく聞くけど、いまいちピンと来ないんですよねー。なんか、スーツ着た人がパソコンをカタカタやってるイメージ?オシャレじゃないし、難しそうじゃないですかー。でも、デイトレードとか、よく聞くけど、なんかかっこいいかもー。
高橋さん:
(腕を組み、いかにも人生経験豊富で世間擦れした、懐疑的な口調で)
ふん。私は、株なんてギャンブルだと思ってるわよ。だって、儲かる人もいれば、損する人もいる。所詮は水の泡でしょ?私の若い頃、近所の人が株で儲けたって自慢してたかと思えば、次の年には一文無しになっててね。そんなもんよ。
渡辺さん:
(高橋さんの言葉を否定せず、むしろ受け入れるようにゆっくりと頷く。その視線は、テーブルの上の紙の山に静かに注がれている)
はい。橘さんという方がおっしゃっていました。「株式投資はギャンブルだ」と。将棋やサッカーのようなプロの競技ではなく、コイン投げのような偶然のゲームだと。金融のプロも、せいぜい今日の天気を予想するようなもので、当たる時もあれば、外れる時もある。占い師みたいなものだとおっしゃっていました。
小林さん:
えー、占い師ですかー。なんか夢がないですねー。でも、テレビで「億り人」とか言われて、大儲けした人もいるって聞いたけど、それはどうなんですか?やっぱり、特別な才能とか、特別な情報とか、持ってたんですか?
渡辺さん:
(小林さんの言葉に、少しだけ興奮を滲ませるように、ゆっくりと指先でテーブルの上の紙を動かし始める)
いえ。特別な才能や情報ではなく、それは、「複利」と「レバレッジ」という、二つの大きな力なんですって。本には、ジェイコム男という方が、100万円を5年で100億円にしたというお話が載っていました。それは、簡単な計算とシミュレーションで説明されていて…。
高橋さん:
(興味なさそうに、しかし聞き耳を立てながら)
…はいはい。そんな話、信じられるもんかね。
渡辺さん:
信じなくても、計算は嘘をつきません。もし、100万円の資金を、毎日2%ずつ増やすことができたとします。1日目は102万円、2日目は104万400円。これが複利です。利益が元本に加わって、さらにその利益も利益を生む。これを続けていくと、わずか1年後には、1377万円に増えるんです。
小林さん:
えー!1年で10倍以上ですかー!すごーい!でも、毎日2%も増やすなんて、無理ですよねー?
渡辺さん:
はい。その通りです。だから、そこにレバレッジという、もうひとつの力を加えます。レバレッジとは、自分の資金以上の取引ができる仕組みのことです。例えば、100万円の資金を担保に、10倍の1000万円を動かせる。もし、株価がたった0.2%上がっただけで、1000万円の0.2%、つまり2万円の利益が得られます。これを元本100万円で計算すると、たった0.2%の株価上昇で、2%の利益率になるんです。
高橋さん:
(眉間に皺を寄せながら)
ふーん。でも、人生そんなにうまい話はないわよ。そんなハイリスクなことに手を出して、全部失くしたらどうするんだい?ちょっとでも予想が外れたら、大損するんでしょ?
渡辺さん:
(静かに、高橋さんの疑問に答えるように)
…はい。橘さんも、そのことを強調していました。複利とレバレッジを限界まで追求すれば、短期間で莫大な資産を増やすことも可能ですが、少しの予想違いで巨額の損失を抱えるリスクも伴うと。だからこそ、デイトレードはゼロサムゲームなんです。誰かが儲かれば、誰かが必ず損をする。つまり、参加者全員の利益を足し合わせると、プラスにもマイナスにもならず、ゼロになるんです。
小林さん:
えー!じゃあ、みんなで仲良く儲けるってことはできないんですかー?
渡辺さん:
はい。そして、簡単に儲かる方法なんて、ないんですって。無料のセミナーで「誰でも儲かる」なんて言っているのは、初心者をだまそうとしていると。なぜなら、その方法が本当に儲かるなら、人に教えるわけがないからです。もし人に教えたら、ライバルが増えて、儲けにくくなってしまうから。
(手品サークルに、かすかな緊張感が漂う。渡辺さんの静かな語り口が、かえってその場の空気を引き締めている。)